75歳店主が作る人情屋台ラーメン おなかと心も満たしてくれる1杯500円のラーメンの味とは… 名古屋・大須

寒いときに恋しくなる“ラーメン”。名古屋・大須の商店街の裏路地に、おなかと心も満たしてくれる人情ラーメンがありました。
屋台でラーメンを作るのは、店主の稲垣一三さん、75歳。
常連客からは、“大将”や“マスター”と親しみを込めて呼ばれています。
稲垣さんの屋台で味わえるのは、ラーメンとチャーシューメンの2種類のみ。
「全部きれいに食べてくれると、うれしいですね」(稲垣一三さん)
午前10時すぎ、稲垣さんの1日が始まります。まずは屋台を引っ張り、いつもの場所へ向かいます。
着いたのは商店街の南、路地裏にあるマンションの敷地。さっそく仕込みを始めましたが、突然、道路をはさんで向かいにあるネパール料理店へと入っていきます。
店に入るなり、なんと厨房で仕込みの続きを始めました。
実は、店の水道やガスなどをタダで借りているといいます。
どうして、タダで厨房を貸しているのでしょうか。
「やはり毎日いろいろなことを教えてもらえますし、私からすれば、使ってもらうことが、もうほんとに光栄なぐらい」(ネパール料理店 サードプレイス 三田村幸雄さん)
ラーメンの味の決め手となるスープ作り。基本ベースは鶏ガラに白菜と昆布。そして、なんと丸ごとトマト。
「多少(味が)違うんじゃないのかなと思う」(稲垣さん)
最後は、微妙な味の違いを確かめ、調整します。
正午前に仕込みを終え、営業を開始。
注文が入ると、まずは細麺を茹でていきます。麺がゆで上がるタイミングを見て、どんぶりに澄んだ琥珀色のスープを注ぎ、ゆでた麺を入れて仕上げます。
鶏ガラスープをベースにした昔ながらのしょうゆラーメン。具材もネギ、ナルトにチャーシューとシンプル。なんと、これ1杯500円なんです。
燃料費が高騰する中、お客さんから心配する声も…。
「お客さんに言われますよ。『大将、600円にしたら』って。だから600円かって思うけど、500円のが言いやすいし、切りがいいし」(稲垣さん)
屋台ラーメンは安くておいしいのが最低条件だと、稲垣さんは値上げすることは全く考えていないといいます。
20年来の付き合いがあるという常連客。ワンコインで食べられるラーメンは懐にもやさしいと、足しげく通ってくれています。
「(大将の)人柄がいいから、みんな、ここに来る」(常連客)
午後5時、夜の営業。雨が降る日以外は、休み無し。
老舗の屋台ラーメンの雰囲気が漂いますが、意外にも始めて2年目。実は稲垣さん、以前は大須商店街で中華料理店を経営していたのです。
中華の料理人として腕を磨くため、10年ほど香港で修業。30年前、念願のお店をオープン。多くの常連客を抱えていましたが、なぜ屋台ラーメンに転向したのでしょうか。
「(お店の)建物が老朽化して立ち退きだっていうことで、70歳過ぎたら、店を借りる気ないです。(お店を)借りても、もう10年やれるかどうかだし、じゃ屋台いいなと思って」(稲垣さん)
お店は無くなりましたが、人との絆は消えることはありません。
「子どもも学校から帰ってくると、マスターのお店に一緒に来て、お店のカウンターの隅っこで勉強したり、宿題したりとかして、ずっとお世話になっていて、マスターのごはんで大きくなりました」(元従業員・神田一枝さん)
神田さん、そして娘の千尋さんも現在はシングルマザー。稲垣さんは食べることだけは不自由させまいと、今でも支え続けています。
「私(マスターを)父親って思っていますから。うちの子どもたちも小さい頃、そばにいたのもマスターだったんで、あの子たちは、おじいちゃんって思っています」(神田千尋さん)
稲垣さんが作るラーメンは、心の中もポッカポカになるんです。
午後8時、お客さんの様子を見ながら厨房を借りて、まかない料理を作る稲垣さん。実は、厨房をタダで借りているお礼にと、お昼と夜のまかない料理を毎日作っているといいます。
屋台がある周辺には、ネパールやベトナムなどから来た留学生が多く住んでいます。
留学生の多くが学費を稼ぐためにアルバイトをしないといけないのが現状。お腹を十分に満たしてあげ、時には相談相手にもなって元気を与えることも大事だと稲垣さんはいいます。
人影もなくなった深夜0時すぎ。ようやく1日が終わります。
「今、75歳。あと7、8年はやりたいなと思っているんですけどね。体がもてば」(稲垣さん)
おなかと心も温かく満たしてくれる、ぬくもりの人情屋台ラーメン。大都会の路地裏で、心ふれあう場所がここにはあります。