繋がった東京への道…初マラソンで初優勝 鈴木亜由子に殻破らせた高橋監督の覚悟「金メダル,欲しいよね?」

東海テレビ
09.10(木)08:58

 東京五輪女子マラソン日本代表の鈴木亜由子選手(日本郵政G陸上部)。

 指導する高橋昌彦監督の育成プラン「2020TOKYO鈴木亜由子強化計画」の下で成長してきた鈴木選手。

 今あらためて、彼女がどんな思いで東京五輪を目指してきたのかを振り返ると共に、想定外の物語の続きを連載企画でお送りする。

<3>「俺は金メダルをとりたいんだ!」

 2017年夏。鈴木亜由子はリオ五輪の一年後、1万mと5000mの2種目で再び日本代表としてロンドンで開催された世界選手権のトラックを走った。

 結果は1万mが10位、5000mは予選敗退だった。

 毎年、日本代表の選考基準タイムをクリアし、選考会の日本選手権での厳しいサバイバルレースを経て、気が付けば3年連続で世界の舞台に立つ事が出来た。

 冬には駅伝も走り日本一に。

 毎日夜明け前にストレッチ、ウォーミングアップをして、ジョギングに出かける。食事と睡眠に気を使いハードなトレーニングの回復に努める。念入りに身体のケアをし、365日脚の状態が気にならない時は無い。だから少しでも違和感があると心は晴れない。

 人知れぬ努力を何年も継続してきた鈴木に、東京五輪ではどんな目標を持たせてあげられるだろうか…?高橋はかねてより、マラソン挑戦の前にトラック長距離種目で世界に近づく事をテーマにしてきた。

 山あり谷ありだったが「2020TOKYO鈴木亜由子強化計画」は、失敗も含めてすべてがマラソン挑戦には良い経験になったと高橋は話す。

 それを踏まえた上で、東京五輪はトラックで目指すのか、あるいはマラソンに舵を切るのか。そう考えた時、やはり根本的な部分の重要性を再認識していた。

高橋監督:
「東京をにらんだ時、トラックでメダルが見えなかったですね。亜由子自身もメダリストとメダリストでないところの差は、世界陸上や五輪を通じて感じていたと思うんですよね。東京はトラックを選択すれば入賞が目標になってくる、マラソンであればやりようによってはメダルも目標設定できる可能性がある訳で」

 鈴木亜由子にマラソンでメダルを狙って欲しい…。監督として自分自身がどうあるべきなのか。そんな事を考えた時に、恩師・小出義雄監督と過ごした日々の事を思い出していた。

高橋監督:
「東京五輪では、金メダルをとるっていうところなんだろうなって思ってますね。今までは、そんな大それたこと言わないほうがいいのかなと実は思っていたんですけど、そういう思いで選手と接していかないとやっぱり道は開けてこないのかなと。シドニー五輪の前に小出監督が『俺は金メダルをとりたいんだ!とりたいんだ!』と言い続けていました。今思い起こすと、だからこそとれた金メダルだったと思ますし、我々は言わなきゃいけない、我々は言うべきなんだと」

 マラソン挑戦には鈴木の年齢も関係していた。

高橋監督:
「東京五輪の時は、29歳の年になるんですね。大会当日は28歳ですかね。有森の2回目のメダルの時は29歳ぐらい、Qちゃんが28歳かな、だいたいこの28歳前後なんですよね」

 歴代メダリスト達の年齢から言っても、東京オリンピック本番時には28歳という鈴木の年齢は、トラックからマラソンへと舵を切るのにはちょうど良い時期だと高橋は考えていた。

■ 覚悟を持てるか

 しかし、当の本人は、まだ覚悟を決められずにいた。なぜなら、2015年世界選手権5000m9位、2016年リオ五輪1万m棄権、5000m予選敗退、2017年世界選手権1万m10位、5000m予選敗退と、トラックにはやり残したことがあったからだ。

 そして、もう一つ。自分の脚がマラソン練習に耐えられるのかという不安も大きかった。

 2017年の年末、なかなか答えを決めない鈴木に高橋は話を始めた。

高橋監督:
「『東京五輪の目標は?』って聞かれたら何て答える?」

鈴木選手:
「………」

高橋監督:
「マラソンに向いているか、向いていないかは『マラソンを走りたい!』という覚悟があるかどうか。それがある選手がマラソン向いているんだと思う。漠然と『オリンピック行く』じゃ無理。だって皆、心のどっかでメダルとりたいよね?金メダル欲しいよね?」

鈴木選手:
「…狙いたい」

 突然、高橋の口から出た金メダルという言葉に戸惑った鈴木。一方の高橋は、「覚悟を持て」と自分自身にも言い聞かせているようだった。

■これは2020への挑戦だ

 2018年元旦。地元・愛知県豊橋市に帰省した鈴木は、初詣の絵馬に「マラソン挑戦」と記した。しかし、まだ心は揺れていた。

鈴木選手:
「東京五輪って考えた時に選択肢は増やしておきたいなって。やっぱり一度マラソン走りたいなと。ある程度は走れるとは思うんですよね、ある程度は…。でもね……」

 数か月後、『2020TOKYO鈴木亜由子強化計画』に“マラソン挑戦”と記された。

 積極的な走りとは対照的な鈴木の慎重な性格。だが、一旦スイッチが入れば充電していたパワーを発散させるかのように爆発力を見せる。

 2018年、夏の北海道マラソン挑戦を決意した鈴木。そうと決めた瞬間からは、失敗を恐れず前だけを見て突き進んだ。

 高橋と共にボルダーに入り、人生で初めての40キロ走に挑む。酸素濃度が薄く呼吸も苦しい中、走って、走って…。次第に脚のバネは奪われていく。1ヶ月1000キロの走り込みで距離に対する不安を払拭した。

「故障だけは絶対にさせない」とスタッフ全員が全力で鈴木を支える。

鈴木選手:

「たぶんマラソンは誤魔化しが効かない競技だと思うので、今、ここで走らなかったら、本番もきっと走れないんだと思って、壊れてもしょうがないかって、やってみてダメだったらその時に考えようみたいな感じでやりました」

 自分の殻を破った時、マラソンデビュー戦は実を結んだ。

 北海道で初マラソン初優勝。2019年夏に開催される東京五輪代表選考会MGCへの出場権を獲得した。人知れぬ努力が実を結び、2020への道がつながった。



<4>へ続く

<1>高橋監督との出会い「マラソンは我慢スポーツ」
<2>絶対に、この舞台に再び立ちたい
<4>「心身の土台」とは
<5>計画通りには行かない

Locipo(ロキポ)
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