
“捨てられた”てんちゃんの8年2カ月 名古屋の動物愛護センターの投稿に1250の「いいね!」

名古屋市内の公園に、1頭のミニチュアダックスフントが倒れていました。
それから8年2カ月。名古屋市動物愛護センターの職員たちにとって、忘れられない犬になりました。

オスのミニチュアダックスフントが名古屋市の動物愛護センターに運ばれてきたのは、2016年9月のことでした。
犬用のオムツがつけられていて、誰かに飼われていたと思われます。
飼い主は現れなかった

犬の迷子は、飼い主も探すのですぐに見つかって戻れることがほとんどです。
でも、このミニチュアダックスフントの飼い主はいつまでたっても現れませんでした。
この犬は「てんかん」の発作を起こしていました。
脳の細胞が過剰に興奮し、体がけいれんしたり意識を失ってしまったりする病気です。
また、フィラリアという寄生虫による病気にもかかっていました。予防ができる病気です。
屋外であまりしつけを受けずに育てられ、てんかんの発作を起こしたので捨てられてしまったのではないか…動物愛護センターの職員たちはそう考えました。
センターが引き取ることになり、「てんちゃん」と呼ばれるようになりました。
飼育は苦労続き

てんちゃんは「職員泣かせ」の犬でした。
てんかんの発作が多かったためだけではありません。
担当していた職員の1人、杉本昌紀さん(55)は「触ろうとするとすごく怒って、咬みつこうとするんです。人と触れ合ったことが少なかったんでしょう」といいます。
散歩のため首輪にリードをつけようとしても咬まれてしまいます。そこで、手を近づけずにすむよう、磁石を使った特別なリードをつけました。
散歩も不慣れで、あちこちに走っていこうとして職員を困らせました。怒るので抱きかかえるわけにもいかず、センターに戻るのが一苦労でした。
ドッグフードの食べ方も下手でした。お皿からボロボロこぼしてしまい、職員が拾ってまたお皿に。
てんかんの薬はドッグフードに混ぜて食べさせるので、ちゃんと食べたか確認するまで、職員は次の仕事に移れませんでした。
決まったところでトイレをすることもできませんでした。
職員が朝に出勤すると、ふんまみれになっていたことも。職員2人で前と後ろからがっちり押さえ、もう1人がシャンプーで洗いました。
でも、きれいになったてんちゃんは、つやのある美しい毛並みでした。
こんなてんちゃんだったので、ボランティアや一般の人に譲ることはできず、センターの職員が交代で面倒をみつづけました。
「殺処分ゼロ」

てんちゃんがやってきた2016年度は、名古屋市動物愛護センターにとって大きな節目の年でした。
犬の「殺処分ゼロ」を達成したのです。
日本では、かつて犬や猫は「管理」されるものでした。野良犬など飼い主がいない犬の多くは、狂犬病予防のために殺処分されていました。
「動物愛護管理法」ができたのは1973年のこと。名古屋市は全国でも早い1985年に「動物愛護センター」をつくり、犬や猫の「愛護」に力を入れるようにしました。
2016年度に犬の殺処分ゼロを達成できたのは、多くの寄付によって、病気の犬の治療を充実させられたことが大きかったといいます。
もし、てんちゃんが来たのがもっと前だったら、殺処分の対象になっていたかもしれません。
名古屋市動物愛護センターはこう振り返ります。
「寄付してくださる皆さまの思いにこたえるため、殺処分ゼロを続けなければいけない。そして職員たちも、てんちゃんの世話をずっとしてきただけに、投げ出すことはありえなかった」
てんちゃんが変わった

てんちゃんが来てから7年。
猫の担当などを経てまた犬の担当に戻ってきた杉本さんは、「てんちゃんが前ほど怒らなくなったなあ」と感じました。
犬の多くは、年を取るとだんだんおとなしくなるといいます。
ただ、てんちゃんにはこの頃、脾臓の腫瘤(しゅりゅう)が見つかりました。高齢で持病もあるだけに手術を受けさせるのは危険なので、薬で治療することにしました。
それでも、杉本さんは感慨深かったといいます。
「てんちゃんに触るのはおっかなびっくりだったけれど、この頃からすっかりマイルドになったんです。あの子を抱っこして、つやつやの毛をなでられる日が来るとは思いませんでした」
穏やかになったてんちゃんは、高齢犬のケア教室や啓発ポスターで、モデル役も務めました。
お別れの時

2024年の秋になると、目に見えて元気がなくなりました。
検査をすると肝臓にも腫瘤が見つかり、貧血を起こしていました。
足も弱って自力で歩くのが難しくなりました。
でも、食事やトイレ習慣のためにも散歩は必要です。職員はてんちゃんにハーネスをつけ、お腹が地面に当たらないように持ち上げながら散歩しました。
11月の朝。
出勤してきた職員が、てんちゃんが息をしていないことに気づきました。まだ体は温かったそうです。
正確な年齢はわかりませんが、推定15歳。ミニチュアダックスフントとしては長生きでした。
名古屋市動物愛護センターにとって、8年2カ月という最も長い期間を一緒に過ごした犬でした。
杉本さんは惜しみます。
「この仕事は、別れがつきもの。でも、てんちゃんはみんなで看取ってやりたかったなあ」
一方で、杉本さんはこうも思っています。
「本当はここではなく、どこかの家庭で最期を迎えてほしかった。動物愛護センターには他にも犬や猫がいて、てんちゃんの世話をできる時間は限られてしまう。家庭なら100%の愛情を注いでもらえたはずですから」
てんちゃんは、八事斎場で火葬されました。
なきがらが入った箱が斎場に向かう時、花を手向けて手を合わせる職員たちもいました。
インスタにねぎらいの言葉

12月30日、動物愛護センターはインスタグラムとフェイスブックに「今年最後の投稿です」と、てんちゃんとの別れを報告しました。
「エピソードがあり過ぎて、いつにも増して長文になることをお許しください」と、8年2カ月の苦楽をつづりました。
インスタグラムでは1250を超える「いいね!」がつきました。
普段の投稿に寄せられる「いいね!」の3倍以上だといいます。また、コメント欄にも「てんちゃんよく頑張ったね」「職員の方々、お疲れ様でした」というねぎらいの声が寄せられました。
「飼う前に、よく考えて」

名古屋市では、いまも捨てられたとみられる犬が毎年いて、動物愛護センターで最期を迎える犬も毎年数匹います。
杉本さんはこう話します。
「飼い主さんにもいろいろな事情があるでしょう。でも犬や猫に責任はありません。もし環境が大きく変わってしまっても、最期まで幸せにしてやれるのか。飼う前に、よく考えてください」
てんちゃんを支えた寄付金
てんちゃんの治療に使われた寄付金は、「目指せ殺処分ゼロ! 犬猫サポート寄附金」といいます。
「ふるさと納税」の制度を活用したもので、寄付をしてくれた人には、犬と猫の殺処分をゼロにする活動の報告書が送られています。
こうした寄付のおかげで、名古屋市の犬の殺処分ゼロは2016年度から今まで続いています。
残念ながら猫の殺処分はゼロを達成していませんが、2029年度までに犬も猫も殺処分ゼロにすることを目指し、市民の理解と協力を呼びかけています。
7月7日からは、ふるさと納税を活用したクラウドファンディング「目指せ殺処分ゼロ!犬猫サポートプロジェクト」も始めました。
インターネットの「ふるさとチョイスGCF(ガバメントクラウドファンディング)」(https://www.furusato-tax.jp/gcf/)で受け付けていて、2025年末までに3000万円を目標にしています。
(メ~テレ 山吉健太郎)