
“フクロウの眼”で離島へ! 人命救助のプロ集団、真っ暗闇の緊急患者空輸に「命をありがとう」

陸上自衛隊には、人命救助のプロフェッショナル集団がいる。彼らが磨き上げたのは、ある特殊能力、それは“フクロウの眼”だ。
熟練パイロットも身構える「任務」

沖縄県・那覇基地。ここに部隊を置く「第15ヘリコプター隊」に、新たな操縦士が配属された。稲葉3佐、50歳。操縦士歴は25年、3000時間以上のフライト経験を持つ大ベテランなのだが、その表情はなぜか硬い。どうやら、熟練操縦士の稲葉3佐ですら身構えてしまう事情があるようだ。

「この部隊には、『緊急患者空輸』の任務が多い特性があります」
こう語るのは、藤井隊長。緊急患者空輸とは、大きな病院がない離島から沖縄本島や奄美大島などへ重症患者を搬送すること。離島の数はなんと30以上で、これらすべてをカバーするのが「第15ヘリコプター隊」なのである。
渡嘉敷島から緊急患者を搬送するための飛行訓練

この日、稲葉3佐は配属後初の飛行訓練に臨んだ。想定は渡嘉敷島(とかしきじま)からの緊急患者搬送。那覇基地からヘリを飛ばす。
渡嘉敷島への進入コースは決まっている。まず着陸地点であるヘリポートを通り過ぎるように島の西海岸を目指し、その後、右に旋回。北東からの風に正対するように山あいを抜けていくのだ。こうする事で安全にヘリポートを目指せるのだという。

順調に目標の海岸をターン、いよいよ着陸態勢に移る。強風の中、ヘリを安定させる技術はさすが熟練操縦士といったところ。しかし、難しいのはそれだけではない。
患者を素早くヘリに移せるよう“機体の向き”を調整

稲葉3佐が機体の向きを調整し始めた。実は着陸時に大事なのは機体の向き。患者を素早くヘリに移せるよう、救急車の後部ドアの位置を意識して着陸する必要があるのだ。
隊員:「あ、ちょっと回りすぎ」
稲葉3佐:「回りすぎた。ごめんね……」
島特有の横風、それに角度調整。これはベテランにとっても至難の業だ。

「進入コース」「目標物の位置」「着陸時の機体の向き」。日中の訓練で得られる情報や経験は、操縦士にとって極めて重要だという。なぜなら「特に“夜間”の緊急患者空輸が多いという特性があるからです」と藤井隊長。
緊急患者空輸の半数以上は「夜間」

緊急患者空輸の件数は、年間平均200件。そのうち半数以上は「夜間」に起きている。民間のドクターヘリや海上保安庁も緊急患者空輸を行うが、対応は視界の利く日中のみ。夜間を含め24時間体制で出動できるのは、「第15ヘリコプター隊」だけなのだ。
目視ではほとんど見えない夜間に飛ぶからこそ、日中の訓練で得る情報は貴重。しかも30を超える離島すべてで、これらを記憶しなければならない。これが大ベテランですら身構える理由なのだ。

訓練を積んでいたある日の午後5時50分。「レスキュー第一報、患者 〇〇歳、女性」とのアナウンスが入り、緊急患者空輸の要請がかかった。任務は、喜界島(きかいじま)から奄美大島への患者の搬送。真っ先に確認するのは天候だ。
隊員:「雲はない、1753(午後5時53分)決心実施」
隊員たちが飛び出していく。
街明かりが目立つ那覇上空から、ひとたび洋上へ出ると、そこに広がるのは漆黒の闇。暗視ゴーグルを装着し、喜界島を目指す。

午後8時50分、着陸態勢に入る。着陸時に意識するのはヘリの位置取りだ。患者を素早く乗せかえると、病院のある奄美大島へと再び離陸する。目指すのは佐大熊(さだいくま)ヘリポート。道しるべとなるのは、島にある2カ所の明かりだ。

最北端にある灯台まで進み、通過したタイミングで左に旋回。海岸沿いのライトを頼りに進むと、もう1つの明かりが見える。その手前がヘリポートだ。
待機していた救急車が視界に飛び込んできた。救急隊員と連携して患者をヘリから降ろす。すぐに病院へと搬送された女性患者、容体は徐々に回復しているという。

最先任上級曹長 中尾准陸尉 :
「あくまでも、我々の任務は離島から安全に大きな病院に運ぶことでして、そのあとはお医者さんにバトンタッチします。ただ元気になってお手紙をいただいた時には『やって良かったな』とか、『次の任務も頑張ろう』とか、士気の高揚につながっています」
「元気になりました」「命をありがとう」「お仕事、頑張ってください」。届けられる手紙には、感謝と激励の言葉が綴られている。
“フクロウの眼”を持つ人命救助のプロたち。離島で暮らす人たちの命綱となっていた。





