
「娘も被害者と認めて」 事故で妊娠9か月の妻を亡くした男性の悲痛な思い 緊急帝王切開で生まれた娘は脳障害で寝たきりに “人”と認められない命の重み 愛知・一宮市

「娘も被害者と認めてほしい」
今年5月、交通事故で妊婦の妻を亡くした男性が悲痛な思いを語りました。お腹にいた娘は重い障害が残りましたが、被害者とは認められていません。
9月2日、この事故の裁判が始まりました。
妊娠中の妻が事故に…突然奪われた幸せな日常

愛知県一宮市内の住宅街で、道路に供えられた花に手を合わせる一人の男性がいました。研谷友太(とぎたにゆうだい)さんです。
研谷友太さん(33):
「通るたびにかなしみは消えないです。何でこうなってしまったんだろうと毎回思いますけど」
約3か月前、この場所で突然事故は起きました。

時刻は夕方4時過ぎ。いつも通り仕事をこなし、何気ない日常を送っていた友太さんのもとに、病院から一本の電話が入りました。告げられたのは、「妻の沙也香さんが交通事故に遭い、意識がない」という知らせ。
赴任先の広島県から大急ぎで一宮に向かった友太さん。新幹線に乗っていた3時間ほどは無限に感じられるほど長く、心の中がぐちゃぐちゃの状態だったと振り返ります。
新幹線の中で送ったラインには、今も既読がつかないままです。
研谷友太さん(33):
「ICUに通してもらってはじめて妻に会えました。見た目は別人な状態になっていて、かわいそうというか、あまりにも痛々しすぎて言葉が出なかった」
事故の2日後、沙也香さんは帰らぬ人に…。

起訴状などによると、この車を運転していた児野尚子(ちごのなおこ)被告(50)は、今年5月21日の午後3時すぎ、一宮市の道路を時速30キロで走行中、何らかの原因で右側の路側帯に進入し、歩いていた沙也香さんを後ろからはねたとされています。
沙也香さんをはねた乗用車は、前方がへこみ、右側のミラーは壊れています。

事故当時、沙也香さんは妊娠9か月でした。
研谷友太さん(33):
「流産を一度経験していましたので、私含め妻はすごくショックを受けていたんですけど、それを乗り越えてできたのが今回の子でしたので、うれしいというのが一番」
里帰り中は、元気な赤ちゃんを産むために、栄養のある食品を積極的にとり、事故当日の朝食まで細かく内容が記録されていました。
「少し早いんじゃないの?」と周りから言われながらも、出産でいつでも入院できるよう、沙也香さんのバッグには赤ちゃんの洋服や肌着がきれいに詰め込まれていました。
家の周りを歩きながら「ここの公園は娘と来られるかな」「このスーパーだったら娘と一緒に買い物に行きやすいかな」と、生まれてくる赤ちゃんと一緒に過ごす日々を想像する毎日だったといいます。

事故のあと、病院に運ばれてすぐ緊急帝王切開で生まれた赤ちゃんは、日七未(ひなみ)ちゃんと名付けられました。
体重はわずか1822グラム。奇跡的に一命は取り留めましたが、脳に障害が残り、医師からは、一生寝たきりの状態が続くと言われているといいます。

妊娠中のウォーキングは効果的と聞いて、安定期に入ってからはほぼ毎日のように家のまわりを30分歩いていた沙也香さん。その途中で突然、命を落とすことになりました。
沙也香さんの父親は、当日の朝の会話を悔やんでいるといいます。
沙也香さんの父:
「(散歩に行くのは)その日は暑いからやめといたらって言ったんですけど、昨日休んだからちょっと曇りっぽいし歩くよって言って、それが最後の言葉でした。今思うと、もっと強く止めていたら、こんな事故に遭わなかったのかなと思っています」
命の線引きはどこに…認められない胎児の被害

沙也香さんのお腹の中にいた日七未ちゃんは、重大な障害が残ったにもかかわらず、事故の被害者としては認められていません。
研谷友太さん(33):
「娘がこんな状態になって、それが一切罪に問われないのは納得できない。罪に問われないっていうのは違和感があります」
今の法律では、胎児は生まれてくるまでは人とみなされず、母体の一部であるため、基本的には罪に問われないとされています。
友太さんは、日七未ちゃんも事故の被害者として認めるよう署名活動をはじめ、すでに11万以上もの署名が集まっています。
研谷友太さん(33):
「妻がいないっていう現実がどこか受け入れられていないですし、頭では分かっているけど気持ちがついていけない。無性に妻に会いたいなって思いますね」

そして、名古屋地裁一宮支部で9月2日に始まった裁判。
沙也香さんへの過失運転致死の罪に問われている児野被告は、起訴内容について認め「尊い命を奪ってしまい、お子さんにも重い障害を負わせてしまいました」「申し訳ありませんでした」などと話しました。
続いて検察側は、当時の事故状況を述べたうえで、「被告が事故の状況を思い出せないと供述していること」を主張。また、お腹にいた日七未ちゃんへの影響について、追加の捜査をしていくことを明らかにしました。
これについて夫の友太さんは裁判後の会見で、思いを述べました。
研谷友太さん(33):
「(追加捜査について)少しホッとしている部分もありますが、被害者側がここまで動かないと対応してくれないのかという思いもある。まずは娘に関しては スタートラインに立てていないので、起訴されないと何もはじまらない」
胎児の権利を求めて…判例が示す希望の光

今回、夫の友太さんは「胎児が被害者に含まれない今の法律を変えたかったし、少しでもその事実を多くの人に知ってほしい」と取材に協力してくれました。
刑法は、過去の判例から「胎児は母体の一部であり人と見なされない」という考え方がもとになっています。
友太さんは、日七未ちゃんの脳の障害は事故の影響と考えていて、現在行われている刑事裁判では争われていないことに納得がいっていません。
しかし、過去の判例を見てみると、数は少ないながらも胎児への刑事責任が認められたケースもあります。
これは、2003年9月の鹿児島地裁の判決です。居眠り運転で対向車線にはみだした車に衝突された妊娠7か月の女性。事故の影響で早期に出生した赤ちゃんに後遺症が残り、裁判所は母親だけでなく、胎児も事故の被害者であると認めました。
遺族側の弁護士は、こうした判例なども根拠に、今後、日七未ちゃんへの罪についても認められるよう、働きかけていくとしています。
裁判の中で検察側は、日七未ちゃんへの影響については、追加の捜査をしていくことも明らかにしました。
今後、お腹のなかにいた日七未ちゃんへの罪は、どう扱われていくのか注目です。