東邦ガスがサーモンで取り組むなど、各地で広がりを見せている『陸上養殖』。くらしを翻弄する自然環境に左右されず、その地域にはなかった新たな特産品を作ろうという動きも出始めています。
■“魚がいない…”海の異変に漁師の妻が一肌脱いだ
愛知県南知多町の豊浜漁港。10月9日、三河湾でとれたマイワシが次々に水揚げされていますが…。
漁師の妻 板谷美晴さん: 「今日は全然揚がっていない方です。昨日だと水槽で350本くらい揚がっていたんですけど、今日は150本くらいですかね」 名古屋出身の板谷美晴(いたや・みはる)さん(42)。漁師である夫の仕事を手伝い始めて20年ほどになりますが、年々魚がとれず、漁に出られない日が増えてきていると話します。 板谷さん: 「魚がいない。今年6月は一度も漁に出なかった。結婚してからそんなことは初めてだったので、ちょっと不安を感じました。海が変わってきているのかなと」
今年、初の「酷暑日」も記録した夏の暑さに加え、次々にやってくる台風や記録的な豪雨。島国・日本に襲い掛かる異常気象は、海の環境にも影響を及ぼしていると考えられます。 愛知県の年間の漁獲量(海)は、2016年の約9万トンから、2024年は約3.6万トンまで落ち込み、減少傾向にあります。
2017年には3万トンを超えていたマイワシも、2024年には1392トンと激減しています。
■県内初の陸上養殖 『愛知の魚』を選んだワケ
“魚がとれない”と海の変化を感じていた漁師の妻・板谷さん。去年、自宅のある篠島で始めたことがあります。 農業用ハウスの中の大きな水槽で育てていたのは、2万匹のクルマエビ。夫の仕事を手伝いながら『陸上養殖』を始めました。
愛知県の『県の魚』にも指定されているクルマエビは、通常、海に稚エビを放流し、大きく成長してからとる方法が一般的ですが、板谷さんは、底に砂を敷き詰めた水槽で約10カ月かけ、体長1ミリほどの稚エビを15センチほどの大きさになるまで育てていきます。 クルマエビの養殖は、愛知県内では初の試みだそうです。
板谷さん: 「旦那のイワシ漁が安定しなくなってきて、何かやることないかなと思った時に、クルマエビをたくさんもらうことがあった。『おいしいじゃん!』と思って、『クルマエビって養殖できるのかな?』と調べたのがきっかけです」 思い切って始めた挑戦も、今年で2年目。朝と晩2回のエサやりと、水質の管理が主な仕事で、試行錯誤の毎日です。 板谷さん: 「去年の成長記録と比べると、今年はちょっと小さい。とにかく手探りで、めっちゃ難しい。旦那の漁のこと考えて、エビのこと考えて、毎日フル回転で寝るときは気絶です」
漁の休みに作業を手伝っている夫・成郎(しげお)さんの目には、『県内初のクルマエビ養殖』という大胆な挑戦はどう映っているのでしょうか。 夫・成郎さん: 「初めは『大丈夫か?』と思ったけどね。漁に出られなくて自分の商売がダメな時があって、その時に妻が『何かできないかな』という考えだったから、それを聞いたらバックアップするしかないですよ」
養殖1年目は、南知多町のふるさと納税の返礼品にもなった板谷さんのクルマエビ。今養殖している分は、来年4月以降に、篠島内の民宿や飲食店などに出荷されるということです。 板谷さん: 「私のクルマエビと一緒に、『篠島』の名前もみんなに知ってもらえたらなと思います」
■海ぶどうが“三重”で…環境を管理し年中収穫OKに
海の環境が大きく変化する中、屋内での陸上養殖は広がりを見せています。 「養殖屋」という会社の社長・前田勉(まえだ・つとむ)さん(51)が、扉を開けて見せてくれたのは、ずらりと66本も並ぶ円柱形の水槽。きらきらと中に浮かんでいるのは、沖縄料理でおなじみの海ぶどうです。
株式会社養殖屋社長 前田勉さん: 「180リットルの海水が入っていて、側面からLEDを24時間照射しています。海ぶどうは、そのものが種みたいになっている。1カ月くらいすると10センチくらいに伸びて、刈り取り作業をします」 海ぶどうを養殖しているのは、三重県志摩市の英虞湾(あごわん)に面した小屋の中。室温は27℃に設定し、水温や明るさを一定に保つことで、生育スピードを管理。1カ月サイクルで年中収穫でき、注文に応じ計画生産できるそうです。
■“ぷちぷち食感”で弾けた新規事業のアイデア
志摩市出身の前田さん。愛知県の大学を卒業後、民間企業で2年間の営業勤務を経て、地元へUターンし、祖父の代から70年以上続く真珠養殖を受け継ぎましたが、高齢化などにより徐々に規模は縮小。 新たな事業を模索中、初めて食べた「海ぶどう」のプチプチ食感にアイデアが弾けました。
前田さん: 「ぷちぷち感にすごく衝撃というか、感動を覚えたんです。何か新しい養殖をしなければとか、志摩市に新しい産業や特産品を作りたいという思いがあったので、その瞬間に結びついた」 今から20年前に始めた海ぶどうの養殖。当初は、大きな水槽に英虞湾の海水を直接流し込む『かけ流し式』で養殖していましたが…。
前田さん: 「5年くらい前に、急激に海の環境の変化がありまして。海から吸い上げる海水の水質が全く海ぶどうに合わなくて、かなりの確率で(海ぶどうが)全滅してしまった。このいままこのやり方では、養殖するのは難しいと思った」 英虞湾は年によって水温の変動が大きく、赤潮の発生頻度も多いとされ、自然環境に左右されない養殖方法を目指した前田さん。 コロナ禍を機に研究に没頭し、最適な環境を人間の手で管理する、陸上養殖の手法に辿り着きました。
■“海なし県”でも海ぶどう 陸上養殖で目指すこと
水温が下がる冬の時期はできなかった養殖も年中可能となり、5月から10月の合計で約1トンだった生産量も、現在は1カ月で達成できるそうです。 考案した養殖システムは特許を取得し、現在では東北や海のない長野、本場・沖縄まで、全国15都府県で導入。気象条件に左右されず、海が近くにない場所でもできるのが陸上養殖の強みです。
前田さん: 「最初に自分が食べた時の食感の感動やおいしいと思ったことを、皆さんに知ってもらいたいという思いがあって。このシステム自体を全国に生産拠点を置くことで、東北や北海道でも同じものが提供できることを目指しています」


