4月7日はWHOの「世界保健デー」。健康について考えるタイミングでもあります。 名古屋の人に知られるテイクアウトのお好み焼店「大潮屋」。創業者の原田奨さんは現在90歳で、最盛期は名古屋市内に8店舗(現在は錦・今池・大須など4店舗に縮小)を構え、店頭でお好み焼を焼いてきました。現場を離れた今は整体師として、人一倍、「健康維持」に気を配り、昨年末には市民マラソン10kmコースを完走。足腰丈夫で過ごせる秘訣は何なのか…原田さんが語りました。

「本当に90歳ですか?」と、初めて会う方にはよく驚かれます。私自身、90歳になった今も現役の整体師として、日々誰かの体に触れ声に耳を傾けています。
私の人生は前半は、人々の笑顔に囲まれた飲食業の世界。そして60歳、還暦を機に、人の体を癒す整体の道にも入ってきました。
畑違いに見えるかもしれないけれど、「人を喜ばすこと」「ありがとうをもらえること」は共通しています。
お皿の下に、1万円札がひっそり

飲食業時代には、忘れられない思い出がいくつもありますが、中でも特に鮮烈なのが焼き鳥屋を営んでいた頃のこと。店内で夜の仕込みをしていた時です。ふと窓越しに小さな子どもを連れた母親の姿が見え「次は、お酒を提供する場よりも、親子連れを対象に、お好み焼店がやりたい」という考えが頭に浮かびました。
昔から一度決めたらすぐに行動しないと気が済まない性分でしてね。その日の夜に店を閉めることを即決し、店の入り口に「本日、店じまい。ご愛顧に感謝。飲食代はすべて無料です」と大きな貼り紙を出したんです。
その夜、店は開店以来の大盛況でした。「大将、どういうことだ、冗談だろ?」と詰め寄る客もいれば、「次の店も絶対に行くからな」と肩を叩いてくれる方もいました。
最後の客を見送り、一人で後片付けを始めたときです。テーブルを拭こうとお皿を持ち上げると、あちこちのお皿の下に一万円札がそっと置かれている。
無料だとあれほど言ったのに、皆さんが「世話になったから」「餞別だ」と、黙ってお金を置いていってくれた。その優しさにほろっとして、目に涙がうかんだものです。
私は昔から、儲けることよりも、人に喜んでもらうことが好きでした。どうすれば安くて美味しいものを提供できるか、そればかり考えていました。例えば、お酒は問屋を通さず、山口県の田舎にある小さな蔵元まで自分で足を運び、直接交渉して仕入れていました。
そうすれば、その分安く楽しんでもらえますから。「安いこと」これが、私なりの一番のサービスだと信じていました。
老後も仕事で人を喜ばせたい

お好み焼店は繁盛し、結局80歳まで現場に立ち続けました。しかし、60歳を過ぎたあたりから、年齢を重ねても人を喜ばせ続ける、他の仕事はないかと考えるようになりました。
そんな時、思い出したのが、子どもの頃に抱いた淡い憧れの記憶。故郷にいた、整体の先生のことでした。
私の故郷は山口県の小さな集落です。そこには、近所で「名人」と呼ばれる伝説的な整体師がいました。毎日その先生を頼りに、たずねる人が後を絶たなかったことを覚えています。
子ども心に「なんてかっこいい仕事なんだろう」と憧れを抱いたものです。その先生の佇まいが、60歳を過ぎた私の心に蘇ってきました。
私はすぐに行動に移しました。60歳からの再出発です。昼間は店で働き、休日は、関西方面へセミナーに通い、関連する本を読むなどの学びの日々が始まりました。
来る人の笑顔が喜び

整体師を志してから30年。90歳になった今でも、私の探求心は尽きません。新しい方法や理論が出てくれば、今でも勉強会やセミナーに足を運びます。「その年でまだ勉強するのですか」と驚かれますが、私にとっては当たり前のことです。
一度の施術で全てが劇的に良くなるわけではありません。長年の生活習慣で歪んだ体は、一朝一夕にはいかないんです。初回に、体の不調の原因を見抜き、「こういう手順で良くしていきましょう」と設計図を示す。そして、来る人に「健康の大切さ」をわかってもらいたいのです。
「人生の中で健康がすべてではないが、健康を失うと人生のすべてを失う」旅先で見つけたこの言葉に共感してもらえることが狙いです。
わかってもらうためには、「私自身が健康の見本でなければならない」ということです。不健康そうな人に「健康になりましょう」と言われても、説得力がありませんからね。90歳の今も、日々の体の手入れ、メンテナンスは欠かすことはありません。
私の1日のルーティンを紹介させてもらいますと…特別なことは何もありません。決めたことを毎日、淡々と続けるだけです。
夜明け前、朝3時50分に起きることから始まります。目覚めてすぐに行うのは、約20分間の「関節運動」です。体のあらゆる不調は、関節の可動域が狭まることから始まると言っても過言ではないのです。例えば腕立て伏せも、目的は腕の筋肉を鍛えることではありません。肩甲骨という大きな関節を、最大限に動かすために行っています。
その後、名城公園へ向かいます。毎朝50分ほど公園の周りを走っていた時期もありましたが、今は無理せず、最寄り駅の階段を十数回上り下りしています。心肺機能のトレーニング目的と、汗をかくことによる、体内の不純物を出し切って爽快感を得るためです。
最後に、朝6時から公園でのラジオ体操に参加して早朝のメニューは終了です。
長生きスープ…その中身は

食事には人一倍気を配っています。基本は、昔ながらの日本の和食です。朝と夜は、きっちり計ったご飯220gに、焼き魚、納豆、具沢山のみそ汁。タンパク質と発酵食品をしっかり摂ることを意識しています。
お昼はもう何年も「長生きスープ」と決めています。これはテレビで紹介されていた健康スープを自分なりにアレンジしたもので、高タンパク低脂質の鶏むね肉、植物性タンパク質の蒸し大豆、食物繊維が豊富なエリンギとブロッコリー、血行を良くするニラ、ミネラル豊富な海苔を、味噌で味付けしたものです。これを食べると、体の中から力が湧いてきます。
昼食後、少し休んでからは、自宅の周りを約3.5km走ります。「1日に1回、心臓を動かして汗をかき、全身の血を巡らせる」こと。これが、私が90年間で見つけ出した、最もシンプルで効果的な健康法だと信じています。
座右の銘は「死ぬまで生きる」

朝のランニングを日課にしたのは40歳の時で50年間も続けてきました。「よく続きますね」と感心されますが、私に言わせれば、続けられるのには明確な理由があるんです。それは、「やめたら、大好きなことができなくなる」という思い。
私にとって走ることは、目的ではなく手段。健康を維持するためなのです。
では、健康を維持した上で、何を目標にするのか。生きる上で目標を持つことは大事です。私の目標は「整体師として、この生活を一日でも長く続けること」です。
90歳まで生きてきて思うのは、非凡な出来事の中に幸せがあるのではなく、当たり前の日常が続くことこそが、最高の幸せなのだということです。朝、自分の足で起き上がり、体を動かし、穏やかで充実した毎日が続くこと。それが今の私の唯一の願いです。
健康でいることは、決して自分のためだけではない、という視点も大切にしています。自分が元気でいれば、家族に心配や介護の迷惑をかけずに済みます。
さらに視野を広げれば、一人ひとりが健康寿命を延ばすことは、国の医療費を抑制することにも繋がります。つまり、自分の健康に責任を持つことは、巡り巡って社会に貢献することにもなるのです。
座右の銘は「死ぬまで生きる」。
「生きる」とは、明日への希望を持ち、何かを学び、誰かの役に立ち、夢中になれる何かを持っていること。それが本当の意味で「生きる」ということです。
(取材:メ~テレ 加藤歩)


