愛知県蒲郡市で起きた土砂崩れの被災者遺族を1年半追いかけました。3回にわたって
特集で伝えます。
1回目は、遺族が違和感を抱く「水」についてです。

2024年8月、愛知県蒲郡市竹谷町で発生した土砂崩れ。一家5人のうち3人が犠牲となったこの悲劇から1年半が経過しました。九死に一生を得た長女と、その妹が今も抱き続けている「強い違和感」があります。それは、崩落の直前に目撃されていた「大量の水」の正体です。
「奇跡」の救出と、失われた家族

2024年8月27日午後10時ごろ。局地的な大雨により、鋤柄(すきがら)さん一家が住む住宅の裏山が突如崩落しました。
大量の土砂が家を飲み込む中、長女の尚美さんは、倒れた家具の隙間に挟まった状態で、通報から約2時間後に奇跡的に救出されました。しかし、共に暮らしていた父・定夫さん(当時78歳)、母・真知子さん(当時70歳)、弟・求さん(当時32歳)の3人は帰らぬ人となりました。
「何が起こったのか分からなかった。天井から砂が落ちてきて、気づいたら挟まっていた」と尚美さんは振り返ります。
警戒区域の「外」でなぜ崩れたのか

現場は、愛知県が指定する「土砂災害警戒区域」の外側に位置していました。なぜこの場所だけが崩れたのか。愛知県の調査チームや専門家による現地調査が進められていますが、遺族や近隣住民の証言から、ある「異変」が浮かび上がってきました。
「そんなに雨が降っていなかったのに、向こうから小川のような水が流れていた」
現場近くの住民は、崩落当日の朝、通常では考えられない量の水が流れていたと話します。また、妹の泰代さんが公開したドライブレコーダーの映像には、崩落の約6時間前、自宅付近だけに大きな水たまりができている様子が記録されていました。
現場の真上にあった「空気弁」

遺族が注目しているのは、崩落地点の真上、竹林の中に設置されていた「豊川用水」の設備です。
そこにあったのは、地中を通る水道管内の空気を逃がし、水の流れを円滑にするための「空気弁」でした。崩落現場の真上にこの設備があることから、遺族は「本当に豊川用水(の設備)に責任がないのか」と問い続けています。
現在、尚美さんは別の場所に住んでいますが、今も定期的に現場を訪れています。
「ここが自分の家。死ぬときはここで死にたいと思う。そのためには、ここが本当に安全なのか、豊川用水の責任がないのかを、ちゃんとした形で示してほしい」
平穏な日常を奪った土砂崩れ。その真実を求める遺族の闘いは、今も続いています。


