「最初29人を連れてきたときは、とても海の向こうまで手が届かないと思っていた」
末端の容疑者を摘発できても、その上層部の逮捕や組織の全容解明までの難易度が高いのが、日本から離れた海外の拠点で行われる特殊詐欺事件。
2025年8月、カンボジア・ポイペトにある拠点で”かけ子”として特殊詐欺に加担したとされる日本人29人が中部国際空港へ移送されてきたときも同様でした。
愛知県警の捜査幹部は当初を振り返り、「この29人にいかに重い罪を償ってもらうかを考えていた」といいます。
しかしそれから約1年、警察はリクルーターや指示役など計38人を逮捕し、ついには拠点で”オーナー”的立場にいた日本人の逮捕に至りました。
いかにして組織の上層部に行き着いたのか。その道筋をたどりました。
2025年5月 カンボジアにある特殊詐欺の拠点で、現地当局が日本人29人を拘束
日本から4000キロ以上離れたカンボジア北西部の町、ポイペト。
2025年5月、この町にある特殊詐欺拠点で、現地当局が日本人29人を拘束したことが明らかになりました。

拠点特定のきっかけは、2024年12月ごろ、この拠点で生活をしていた、愛知県に住む20代の男性からの情報提供でした。
この男性の話から、閉鎖的な空間の中で、中国人8人ほどが日本人20人以上を管理下に置き、”かけ子”をさせていた疑いがあることがわかりました。
愛知県警などは、現地当局に拘束された日本人29人を日本へ移送するため、カンボジアに捜査員を送り準備を進めました。
2025年8月 全国で”最大規模” となる29人の移送、そして逮捕
海外が拠点の特殊詐欺事件で、当時全国でも過去最大級の摘発となったというこの事件。
29人を一度に日本に連れてくるため、捜査員も80人規模でカンボジアへ向かいました。

そして翌日、捜査員に挟まれながら列をなして中部国際空港に到着したのは、当時19歳から52歳の日本人の男女29人。
いずれも”かけ子”として警察官などになりすまし、特殊詐欺に加担していたとみられ、日本の領空内に入ったタイミングで逮捕されました。
さらに、警察が日本に持ち帰ったのが、拠点からの押収品。

「警視庁」と書かれた警察官の制服のようなものや、「長野県警」のエンブレムのようなもの。
すべて警察官になりすますための偽物で、ビデオ通話機能などを使って被害者を信じ込ませ、犯行を繰り返していたとみられています。


押収品の精査や、”かけ子”らへの取り調べを進める中で、拠点の環境が徐々に明らかになっていきました。

これは、”かけ子”らが電話をかける際に使っていたとみられる用紙。
”かけ子”らの作業工程は非常に組織化されていて「警察官役」「通信会社の職員役」など役割分担をして、朝から晩まで通話をしていたといいます。
詐欺電話の内容を共有して、毎日反省会を行っていたこともわかりました。

さらに拠点には”かけ子”の進捗が書かれているとみられるホワイトボードも。詐欺の結果を競わされ、実績が伴わない”かけ子”や、指示に従わない”かけ子”には、殴る蹴るに加え、鼓膜を焼く、ツメをはがすなどの暴行があったといいます。
”かけ子”を管理し、組織的に特殊詐欺を行うことで、数十億円にものぼる被害を生み出したとみられるこの拠点。
捜査員は拠点から押収したスマートフォンの解析など捜査を進めました。
2025年10月 「すごく幸運だった」指示役の中国人夫婦の逮捕
”かけ子”の逮捕から1か月半後、 捜査における一つの転機が訪れました。
それが、日本人29人を監視していたとみられる、指示役の中国人、王少凡被告と、スン・ジアシュエン被告の逮捕です。


実は、日本警察が海外拠点の特殊詐欺事件で、海外の指示役を摘発したのは、これが全国初。 逮捕を実現できた背景には、2人が日本に滞在していたことがありました。
通常、外国籍容疑者の国外での検挙は、証拠があったとしても現地当局との調整など、高い障壁があります。
しかし、今回は2人が拠点の摘発後も日本と東南アジアを複数回行き来していたため、国内に滞在していたタイミングで逮捕することができたといいます。
捜査幹部はこの逮捕を振り返り「たまたま日本国内にいたのは大きかった。すごく幸運だった」といいます。
この2人は、日本人29人の指示役兼通訳として詐欺の実績を競わせるなどしていたとみられる、拠点の”上位者”。
”かけ子”よりも情報を持つ人物の逮捕によって、捜査は拠点の”オーナー”の存在に大きく近づいたのでした。<後編へ>


