
2人死亡のグライダー墜落事故、原因は80歳パイロットの心臓病か 身体検査で捉えきれなかった“異変”

岐阜県高山市で3年前、グライダーが墜落して2人が死亡する事故がありました。今年5月、「パイロットの心疾患が原因の可能性がある」とする航空事故調査報告書が発表されました。パイロットには身体検査が義務付けられていますが、異変の兆候を捉えきれなかった可能性があります。

事故が起きたのは2022年10月26日。
グライダー愛好会の2人乗りモーターグライダーが、高山市の「飛騨エアパーク」を午前11時45分に離陸しました。
乗鞍や立山を経由して富山空港に向かう予定でしたが、到着予定時刻の午後1時45分を過ぎても富山空港に姿が見えませんでした。
飛行経路の周辺の管制機関との交信もなく、捜索活動が始まりました。
パイロットは大ベテラン

午後3時45分ごろ、岐阜県警のヘリが高山市高根町の標高1800mの山中に墜落した機体を発見しました。
モーターグライダーには当時80歳の男性パイロットと61歳の男性が乗っていて、翌日の捜索で発見されましたが、いずれも死亡しました。
亡くなったパイロットは、グライダーやモーターグライダーの飛行時間が計4500時間を超える経験を持ち、所属していたクラブで教員も務めていたといいます。
パイロットの知人は事故直後、メ~テレの取材に「大ベテランで、事故が起きたことが信じられない」と話していました。
解剖で心筋梗塞の痕

岐阜県警によると、直接の死因は、パイロットは失血、同乗者は頭を強く打ったことでした。
しかし司法解剖したところ、パイロットは過去に心筋梗塞を起こした痕があり、心臓の冠状動脈の硬化や狭窄(きょうさく)もあったことがわかりました。冠状動脈は、心臓の筋肉に血液を送る血管です。
司法解剖では、パイロットの心臓には冠状動脈の血液が滞る「心筋虚血」が疑われる部分もあったといいます。
事故当日の天気はよく、墜落した機体やエンジンに不具合があった痕跡はみられませんでした。
このため、航空事故調査報告書は「パイロットが飛行中に心筋虚血を起こし、操縦不能になって墜落した可能性が考えられる」と結論づけました。
このグライダーは、後部座席でも操縦できる構造でした。
しかし同乗者は操縦資格を持っておらず、パイロットに代わって操縦することはできなかったとみられます。
過去の身体検査で「異常の疑い」

飛行機の操縦士や機関士などは、「技能証明」(免許)とともに、国が指定する医師が心身の状態を適正と判定する「航空身体検査証明」の取得が義務付けられています。
航空身体検査証明の有効期間は年齢や資格の種類によって決まっていて、80歳だったパイロットの有効期間は1年でした。
心臓に異常が起きれば即時に操縦不能になってしまうので、身体検査では心電図検査が重要な項目の一つです。
航空事故調査報告書によると、パイロットは2019年の身体検査で心電図に異常が出ていました。専門病院で追加検査を受けましたが、冠状動脈に明らかな狭窄はないとして、航空身体検査証明書が交付されていました。
2020年と21年の身体検査でも心電図に「異常の疑い」が出ていましたが、自覚症状がなかったことなどから、医師は「適合」と判断。事故が起きた22年の検査では、心電図は「正常」となっていました。
また、パイロットは糖尿病と高血圧の薬を飲んでいることを医師に申告していました。
「心筋虚血」は、胸の強い痛みや息苦しさといった症状があります。しかし高齢者や糖尿病患者には、はっきりした自覚症状がないこともあるといいます。
9人死亡の大事故の背景にも
航空身体検査証明を巡っては、持病などを正しく申告しなかったことで大事故につながった可能性も指摘されています。
2017年3月、長野県の消防防災航空センターのヘリコプターが松本市の山中で樹木に接触して墜落し、乗員9人全員が死亡する惨事がありました。
運輸安全委員会の調査で、死亡したパイロットは病気で手術や投薬治療を受けていたのに、これを医師に申告せずに航空身体検査証明書を取っていたとみられることがわかりました。
この事故の航空事故調査報告書は、「正しく自己申告する」「身体検査証明の有効期間でも、疑わしい身体状態になったら業務を中止し、検査医の指示を受ける」よう、国土交通大臣に対して指導を徹底するよう求めました。
国交省航空局は「航空身体検査証明は、あくまで検査の時点で健康であることを示すもの。有効期間を通して問題がないことを証明するものではない」として、体に異常を感じたらすぐに乗務を中止し、医師の診断を受けるよう強く呼びかけています。
飛行機の操縦に携わる人に身体検査証明が必要なのは、国際的なルールです。
日本の航空法は、「偽りその他不正の手段により航空身体検査証明書の交付を受けた者」に対し、1年以下の懲役または30万円以下の罰金に処すると定めています。
(メ~テレ 山吉健太郎)