
ハサミを持つ“おくりびと” 最愛の人の“最期”を美しく…理容師の父と娘 「エンディングカット」に込めた遺族に寄り添う気持ちと覚悟

亡くなった方の葬儀の前に髪の毛を整える『エンディングカット』という仕事について、密着しました。
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この取り組みの意義を伝えるために、ご遺族の了解を得てご遺体の写真が表示されます。亡くなった方と遺族に寄り添う見送りの形とは…。
横たわった人の髪を整えていくハサミ。旅立ちのたむけです。ハサミを手にした"送り人"。理容師による新しい見送りの形です。
三重県東員町の「理容室アリス」。
(常連客)「マスターは昔はもうちょっと細かったな。髪の毛はあったな」
店長の小山辰己さん(65)と娘の美寿々さん(30)。
(小山さんの娘 美寿々さん)「腕がパンパン」
(小山辰己さん)「腕相撲して負けた」
親子でハサミを握るアットホームな理容室ですが、二人にはもう一つの顔があります。
「エンディングカット」に込められた思い
(小山辰己さん)「ちょっと大変になってくるかな」
去年の夏、2人が京都で開いた美容師向けの講習会。
(現役美容師)「手首の位置が通常と違いますもんね。難しいですよね。体勢がきつい」
亡くなった人の髪やメイクを整え、納棺までの"見送りの支度"をする、その技術を伝える場です。
(小山辰己さん)「(故人を)きれいにしてあげられるのが、僕らエンディングカット技師なのかな。僕ら理美容師が最期まで関われる仕事」
小山さんの発案で始まった「エンディングカット」。葬儀場を通じて遺族からの依頼を受け、ヘアカットから化粧、納棺までを行います。
資格こそ必要ありませんが、亡くなった人に向き合い、髪を整えるには技術だけではない覚悟が求められます。
(現役美容師)「美容師は自分の年齢が上がるごとに、お客さんの年齢も上がっていく。生涯顧客を大事にしたいと思うと“人の最期”はここ。だからエンディングカットを学びたい。美容師の先の美容師ですよね」
きっかけは妻の父親の死
始めたのは15年前。小山さんの妻の父親が亡くなった時、髪を整えたことがきっかけでした。
(小山辰己さん)「髪の毛が伸びていたから切ってあげたいと思って。(元気なときの)丸坊主に切ってあげた。女房もきょうだいもみんな喜んでくれて、これはいいなと思った」
理容室の仕事と並行して活動をスタート。人手が足りず、8年後には娘の美寿々さんも加わりましたが、最初は戸惑いもあったと言います。
(小山さんの娘 美寿々さん)
「この仕事をさせてもらうまでは、亡くなられた方をさわるというのは想像もしていなかったので、やっぱり『怖い』というのが最初にありました」
「『頭を持ってほしい』と言われた。『はい』と言って持った。その時に(気持ちが)変わった」
現在従業員は母親を含む12人に。愛知、静岡など全国5か所に支店が広がり、年間1000件以上の依頼が入っています。
「さっぱりしてもらって良かったね」
この日も1件の依頼が入りました。三重県内の葬儀場へ向かいます。亡くなった方がどんな髪型だったのか、現地に着くまでわからないことも少なくありません。
(小山さんの娘 美寿々さん)「失礼いたします。ご納棺に参りました」
藤井美代子さん。老衰のため98歳で亡くなりました。
(小山辰己さん)「子どもさんに髪の毛を切ってもらいたい。よろしいですか?」
まずは遺族の手で髪にハサミが入れられます。
月に1度の美容室通いが何よりの楽しみだったという美代子さん。しかし、晩年は体調を崩し通えていませんでした。
(娘の弘子さん)「さっぱりしてもらって良かったね」
今回依頼をしたのは娘の弘子さん(71)です。
(小山辰己さん)「どういうお母さんだったんですか?」
(娘・弘子さん)「厳しかったですよ。私は女ひとりだったので」
カットを終えると体を清める湯かんへ。
(小山辰己さん)「トリートメントもしておきますね」
(小山さんの娘 美寿々さん)「お風呂入るだけで違いますからね」
頭皮を優しくマッサージすることで表情が和らぎ、穏やかな顔立ちになると言います。
最後の“親孝行” よみがえる生前の面影
(小山さんの娘 美寿々さん)「私たち理美容師なので、(シャンプーは)市販ではなくサロンで使うもの」
(娘・弘子さん)「いい香り。美容室でも背中が曲がっているので、シャンプー台にのれなかった。美容室に行ってもシャンプーはしていなかった。すごく喜んでいると思う」
(息子の妻・由紀子さん)「私ヘルパーをやっているんですよ。よその方のお世話ばかりして、お母さんのお世話ができなかったのが悔しい。そのために資格を取ったのに…」
(小山辰己さん)「まだこの辺りにいるので、見ていらっしゃると思いますよ」
爪にはネイルも。
(娘・弘子さん)「これも親孝行」
生前使っていたのと同じ控えめな色の口紅をさします。
(娘・弘子さん)「こんな感じやった、化粧すると。元気な時の母の感じです」
よみがえる生前の面影。
(娘・弘子さん)「どこかへお出かけする感じやわ」
そして最後に美寿々さんから贈り物が。
「エンディングカット」の意義と“覚悟”
(小山さんの娘 美寿々さん)「先ほど皆さまに切っていただいたお母さんの遺髪をお守りにお入れしました。これからも皆さまを見守っていただけると思います」
(娘・弘子さん)「泣いてしまう…ありがとう」
(小山辰己さん)「良かったな、家族さんも喜んでくれて。いい家族さんだったよね」
(小山さんの娘 美寿々さん)「目指すとことは父親の姿かなと思います」
(小山辰己さん)「親をやってこそ、エンディングカットは本当の良さが分かるのかなと思う。“その時”には娘にやってもらいたいと思います」
小さな町の理容室から始まった新しい見送りの形。親子は今日も誰かにとって大切な人の旅立ちに寄り添います。