
冷凍マグロを倉庫の“保冷剤”に…電気使用の「調整力」を市場に販売して対価 新たな節電ビジネスへの可能性


マイナス60℃で保管される冷凍マグロが、今「電力調整」の切り札に。冷凍機を一時停止しても庫内温度を保つ“保冷剤”として活用し、消費電力を抑える試みが始まりました。注目されるのは、再生可能エネルギー時代の鍵となる「デマンドレスポンス」との連携。その仕組みと可能性に迫ります。
■極寒マイナス60℃の世界を支える冷凍マグロ倉庫
静岡県焼津市の倉庫会社「シズオカコールドストレージ」の倉庫で保管されているのは、船から水揚げされキンキンに冷凍された大量のマグロです。

地元の漁港で水揚げされた後に冷凍状態で運ばれ、全国の市場に出荷されるまで倉庫の中で保管されます。 シズオカコールドストレージの担当者: 「庫内の敷地面積は1850平方メートル、高さは7メートル、5500トンを収納できるスペースになっています」 記者: 「息を大きく吸うと喉が痛くなるほど寒いです」

息も、顔が見えなくなるほど真っ白に…。倉庫内の温度はマイナス60℃です。倉庫内があまりに「極寒」のため、わずか2分でも留まり続けるのは難しいほど。それだけマグロは“鮮度が命”。このマイナス60℃の世界を可能にするのが、屋上にある4台の大きな冷凍機、産業用冷凍機メーカー・前川製作所が手掛けた「パスカルエア」です。 前川製作所の担当者: 「この冷凍機は空気を冷媒していて、吹き出し温度がマイナス80℃で庫内温度をマイナス60℃に保っている」

二酸化炭素と比較して地球温暖化への影響がゼロの空気を使っているため、環境にもやさしいといいますが、消費電力は一般家庭で1カ月に使う電気量をわずか1時間で超えるといいます。
■冷凍マグロが“保冷剤”に…注目集まる「デマンドレスポンス」とは
そこで、シズオカコールドストレージと前川製作所とともに、中部電力ミライズが目を付けたのが、“カチンコチン”の冷凍マグロです。

中部電力ミライズの担当者: 「冷凍機を止めてもマグロが“保冷材”の機能を果たしてくれる。何時間か止めても、あまり庫内に影響がない点で我々の“電力の調整”に役立ってくれる」

冷凍マグロを“保冷剤”代わりにして倉庫内の温度を低く保つことで、冷凍機の稼働を抑え、一時的に消費電力も抑えようというもの。これだけでは単なる“節電術”ですが、3社が2025年7月から始めたのは、その一歩先を見据えた取り組みです。 中部電力ミライズの担当者: 「“デマンドレスポンス”を活用してお客様に調整力を提供頂く活動です」 「デマンドレスポンス」とは、電力の「供給」に応じ、消費者の「需要」つまり使用量を調整することで、需給バランスを最適化する仕組みのことです。

太陽光や風力発電といった再生可能エネルギーの普及は進む一方、天候などの様々な条件によってエネルギーの供給量は変動するのが実情。「需要」に対し「供給」が追い付いているうちはバランスがとれていますが、需給バランスが崩れてしまえば大規模停電などのリスクにつながることもあるため、今その“調整力”に注目が集まっています。

使用側目線の例では、あらかじめ電力会社との間で、ピーク時などに電力の使用を抑える契約を結んでおき、節電に協力した分の対価を得るといった「ビジネスチャンス」にすることが可能に。
■電気を止めて報酬を得る…新たなビジネスモデルが始動
「今まで電気を止めることによってお金をもらうビジネスの発想はなかった」。デマンドレスポンスの可能性について、公益財団法人「WWFジャパン」で環境・エネルギーを専門とする小西雅子さんは話します。注目されたきっかけは、2022年3月と6月、東京電力管内での電力ひっ迫時だったといいます。

小西さん: 「2022年6月の電力が足りなくなった時は、日中に電気を一番使いますが、その後夕方にかけて太陽光はいきなり発電量が落ちます。ほんの数時間だけ足りない。そのほんの数時間のために新たに火力発電所を建てるよりも、電気をたくさん使う工場などに“この時間だけ、ほんの数時間だけ止めてください”と、その分報酬お支払いする。それが功を奏した。産業・分野などだけに限ると、約7%の電力需要を下げることができたと分かった」

小西さんによると、デマンドレスポンスは、ヨーロッパでは2000年代から普及していて、“再エネ先進国では当たり前のこととなっている”ということです。日本の節電は、「我慢」から「持続可能なビジネス」へと変わりつつあります。
■電力の安定供給を地域から支えたい
「中部電力ミライズ」など3社による今回の取り組みは、冷凍マグロのポテンシャルを活かして一時的に倉庫の電気使用を抑え、その「調整力」を市場に販売して対価を得るビジネスモデルです。 冷凍倉庫の電気使用について「上げる」「下げる」といった指令は、「中部電力ミライズ」が名古屋の本社から遠隔で行っています。 中部電力ミライズの担当者: 「消費電力を300キロから150キロワットアワーに落とした時に、冷凍庫の温度はマイナス58度近辺をキープしている」

電気の使用量を半分に抑えた場合でも、庫内の温度は一定に保たれていることが分かります。“マグロの品質は劣化しない”という点を検証してあるのもポイントです。 中部電力ミライズの担当者: 「冷凍マグロが保冷材の役割を果たしているので、たとえ冷凍機を止めても庫内の温度はそれほど変わらない特徴がある」 電気は大量に貯めることはできませんが、電力市場の需要と供給のバランスを保つことがこれからも課題となります。その「調整力」として脚光を浴びることになった冷凍マグロを活用した事業はまだ始まったばかりですが、その可能性には大いに期待が寄せられます。

シズオカコールドストレージの担当者: 「電力需給に関して効率化を図って、地域に貢献できたら」 中部電力ミライズの担当者: 「中部エリア内の電力需給の安定化に繋げたい。この様な技術を確立させて展開させることで、そこの電力の需給の安定化に貢献できると考えています」 「冷凍マグロ」が支える新たな節電モデルは、地域と未来のエネルギーをつなぐ希望の一手となりそうです。 2025年7月25日放送