多くの地域で商店街は空き店舗に頭を悩ませています。そんな中、観光資源ではない場所に価値を見出し、全国から人が集まる人気商店街に変える取り組みが始まっています。新しい観光ビジネスを取材しました。

大阪府東大阪市。戦前から続く歴史ある「布施商店街」に今、新たな人の流れが生まれています。午後3時を過ぎると、昭和レトロなアーケード街には少し似つかわしくない、スーツケースを引く旅行者たちの姿が目立ち始めます。
彼らが吸い込まれるように入っていくのは、「婦人服キヨシマ」と看板が掲げられた店舗。しかし、店内に並ぶのは洋服ではありません。スタッフが出迎えるその場所は、なんと「セカイホテル」のフロントなのです。
空き店舗を客室に改装、「まち全体」をホテルに見立てる

「セカイホテル」は、商店街の中に点在する空き物件を利用した「商店街まるごとホテル」です。現在、商店街のあちこちに10棟23室の客室が設けられています。
受付から客室までは約200メートル離れていることもあり、スタッフが街を案内しながらゲストを誘導します。メインストリートに面した元和菓子店を改装した客室は、当時の看板を残しつつモダンにリノベーションされました。商店街の日常を見下ろせる広い部屋は1泊2名で約3万円、コンパクトな部屋であれば1万2000円ほどで宿泊可能です。
「日常」をテーマパーク化する仕掛け

同ホテルのコンセプトについて、スタッフの北川茉莉さんは「街の暮らしを疑似体験できる、商店街をテーマパークとして楽しめる宿泊施設」と話します。
その言葉通り、チェックイン時に渡されるのは「館内マップ」と称された商店街の地図です。スタッフはコンシェルジュとして、おすすめのスポットや楽しみ方をレクチャーしてくれます。「この肉屋さんのコロッケは1個70円で、夕方は地元の方が行列を作るんですよ」といったローカル情報の提供が、ゲストの街歩きを後押しします。
かつて780店あった商店街、減少する店舗を逆手に

このユニークな事業を仕掛けたのは、住宅や店舗のリノベーション会社「クジラ」の矢野浩一社長です。
布施商店街はかつて780店舗を誇りましたが、現在は約400店舗にまで減少しています。「商店街が寂れていく中で、街全体をもっと盛り上げていくようなホテルじゃなきゃいけない」と考えた矢野社長は、商店街の「昔ながらの雰囲気」をコンテンツに見立て、賑わいを作り出そうと考えたのです。
例えば、ホテル自慢の「大浴場」は昭和33年創業の銭湯、「ディナー会場」は地元民で賑わう居酒屋がその役割を担います。さらに、街の回遊性を高めるため、はしご酒の「2軒目の最初の1杯」をホテル側が負担する仕組みも導入し、観光客と地域住民の交流を創出しています。
「民泊」とは異なる第3のスタイル、黒字化も達成

7年前にスタートしたこのホテル事業は、長らく本業のリノベーション事業で赤字を補填する状態が続いていました。しかし、2025年の宿泊客数は1万人を突破。同年8月には初の単月黒字化を達成しました。
日本経済新聞社・堺支局 高橋圭介支局長:
「セカイホテルの魅力は『暮らすように旅をする』というところにあって、実はこれは民泊と重なっています。ただ、日本の民泊は地域住民との軋轢で行き詰まっています。 これに対してセカイホテルは、常にフロントに人がいるということで、地域住民からも安心感を持たれますし、『民泊のようで民泊ではない第3のスタイル』だと思います。 『民泊は嫌だけども、セカイホテルなら』っていう地域はたくさんあるんじゃないでしょうか」
「素敵な魅力があるのに、縁のない人に届いていない価値は世の中にたくさんある」と語る矢野社長。「エリアまるごと楽しむ」という新たな選択肢を武器に、全国47都道府県への展開、そして50拠点の開設を見据えています。


