
漫画『戦争めし』の作者が描く“三河佃煮” 軍隊食として重宝された保存食 防空壕で守った“秘伝のタレ” 食から見つめる戦争の記憶

ある人気漫画の作業場に、初めてカメラが入ることが許されました。漫画家・魚乃目三太(うおのめさんた)さん。戦時中の“食”に関するエピソードを描く『戦争めし』の作者です。
料理漫画を書かせたら“天下一品”と評判の魚乃目さんが、戦後80年の節目に題材に選んだのは、三河地方で作られている「佃煮」。魚乃目さん自ら現地を取材する様子に密着し、戦争を生き抜いた“三河佃煮”の知られざるヒストリーに迫ります。
人気漫画家が佃煮の一大産地を訪問 100年以上受け継がれる秘伝の甘ダレ

愛知県豊橋市の住宅街にある佃煮の直売所「つくだ煮専門店 美食倶楽部」。店内には、アサリやサンマなどの佃煮が50種類以上並び、甘じょっぱい醤油の香りに包まれます。
多いときには1日に300人以上が訪れる、この店。海が近い三河エリアの人たちにとって、佃煮はソウルフードなのです。

2025年8月、その佃煮の取材で豊橋駅に降り立ったのは、『戦争めし』の作者・魚乃目三太さん(50)。
「ヤングチャンピオン烈」で連載10年の『戦争めし』。シリーズ累計25万部を突破し、政界や映画界などにもファンが多い人気作品です。
全国各地を取材する魚乃目さん。今回、日本青年会議所と協力し、三河佃煮を題材に選びました。
三河地方は佃煮の一大産地。特に、鮮魚をそのまま佃煮にする生炊佃煮は、国内生産量の50%以上が三河地方で作られています。

魚乃目さんが訪れたのは、創業から100年以上の「平松食品」。製造ラインは驚くほど機械化されている一方で、大切に守られているのが、最後にかけられる秘伝の甘ダレ。
平松食品 平松大地専務:
「戦時中からつぎ足しつぎ足し使っているタレです。非常に甘さが高く、悪い菌が繁殖しないようにしてくれる」
これこそ、他では真似できない“三河佃煮”独特の製造法なのです。そして、このタレが今回の『戦争めし』最大のテーマになりました。
三河に残る空襲の傷跡 地元の人たちが語り継ぐ戦争の記憶

工場見学の後は、先代たちから伝え聞いたという話を教えてもらうことに。
平松食品 平松大地専務:
「戦争のとき工場が機関銃で撃たれ、穴だらけになったと聞いてます」
セキヤ食品工業 関谷冴基社長:
「調味料も貴重で防空壕とかに置いていた。どうかなっちゃったら仕事できなくなるので」
1945年8月6日、広島に原子爆弾が落とされました。その翌日、三河地方を襲ったのが「豊川海軍工廠空襲」。
当時、豊川には弾丸などを作る日本最大の軍需工場「海軍工廠」があり、アメリカの標的となりました。B29など200機以上の爆撃で、2500人以上が亡くなっています。

地元の人が集まる祭りの日を取材日にした魚乃目さん。そこでも、当時の様子を聞き出します。
地元の人:
「ちょこっとへこんでいる所あるでしょ。あそこにB29の焼夷弾が落ちたらしい」

海軍工廠で働いていた人にも出会いました。
海軍工廠で働いていた人(96):
「豊橋が燃えちゃってるもんで止まっちゃって電車が。線路づたいにうちへ歩いた」
話は、当時の食料事情についても…
海軍工廠で働いていた人(96):
「昔はおばあさんが浜で海苔をとってきた」
まさに自給自足。海が近いことで、海苔などを食べて空腹を満たすことができたといいます。
三河の人たちから戦時中の話を聞いた魚乃目さんは…
戦争めし作者 魚乃目三太さん(50):
「たぶんいろいろな苦労があったと思うんですよね。その“声にならない、ご飯”が、ちょっとでも拾えたらいい」
戦時中の佃煮づくり 物資不足を乗り越えた知恵と工夫

その夜、三河佃煮の会社5社が商品を持ち寄り、取材に応じていました。
濱金商店 高坂彰一さん:
「今の自衛隊にも納めていますけど、歩兵十八連隊というのが豊橋にあって、そこに品物を納めていた。遠征とか出兵の前に佃煮を持って行ったそう」
高タンパクで高カロリー、そして保存もきく。佃煮は”軍隊食”として重宝されました。皮肉なことに“戦争”が三河佃煮を発展させたのです。

当時、このあたりではアサリや小魚などは大量にとれましたが、ひとつだけ手に入りにくかったものが…
落合一郎商店 落合幸一郎さん:
「砂糖の入手は相当難しかったと聞く。あまり大きな声では言えないけど、闇市とかを使ったのでは」
佃煮づくりに欠かせない砂糖。特に、最後にかける甘ダレは三河佃煮の代名詞です。そこで、当時の人たちは新たな技術を生み出します。

渥美半島で大量に生産されていたサツマイモから蜜を搾り出し、それを蜜飴として代用したのです。現在、この技術は使われていませんが、サツマイモの蜜が秘伝のタレを守りました。
小林つくだ煮 小林利生さん:
「昔の佃煮は甘いじゃんね。甘いのがごちそうだった。白いご飯と佃煮だけで十分だった」
こうして、魚乃目さんの取材は終わりました。
「ディテールごまかせない」『戦争めし』が本当に伝えたいこと

後日、魚乃目さんが描いた16ページの漫画の下書きには、佃煮屋さんが集まり説明を受ける様子や、三河佃煮を救ったサツマイモの蜜の製造方法などが描かれていました。
ただ、魚乃目さんがもっとも大事にしたいカットは、料理とは別のものでした。

4畳半一間の作業場で見せてくれたカットは、空一面を、戦闘機が覆った空襲のシーン。見上げる人の表情など、軽快にペンが進みます。
ただ、機体の細部を描こうとしたときに手が止まりました。機体を見上げるような資料はほとんどなく、イメージが沸かなかったのです。
戦争めし作者 魚乃目三太さん(50):
「戦争めしはディテールがごまかせない。ここから落ちてくるもので人が死ぬんですからね」

その後、何とか資料を見つけ出し完成させたのが、人の“生き死に”に迫るワンカット。
入り口は食が題材の『戦争めし』ですが、魚乃目さんがもっとも伝えたいことは…
戦争めし作者 魚乃目三太さん(50):
「もう一度、戦争ってあったんだとか、戦争を日本がしてたんだって、ちょっとでも分かっていただけたら、僕の仕事は十分かな」