戦争の語り部から空襲について聴く高校生たち 悲惨な体験を知って涙を流す生徒も 

戦争の「語り部」が少なくなり体験の継承が課題となる中、愛知県の高校生たちが「語り部」から直接学ぶ取り組みを企画しました。

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(豊川海軍工廠 語り継ぎボランティア)
「10代の犠牲者が何%いたと思う?…。答えは約53%」
(生徒)
「思ったよりいた…!」
(豊川海軍工廠 語り継ぎボランティア)
「戦争は若者がたくさん命を落とすと心に留めておいて」

8月に地元の高校生64人が訪れたのは豊川市の豊川海軍工廠平和公園。

戦争の語り部から直接学ぼうと学生有志が企画しました。

「東洋一の兵器工場」と言われた豊川海軍工廠は1945年8月7日、アメリカ軍により3200以上の爆弾を投下され、2500人以上が命を落としました。

(生徒):「(学校に)通っているとき(犠牲に)?」
(先生):「そういうこと。学校に行って、きょうお前はあっち行くんだと」
(生徒):「それでたまたま…」
(先生):「(動員を)嫌って言えない」

自分たちと同年代の学生が空襲で命を落としたと知り、言葉が出ない様子の生徒たち。

豊川海軍工廠への爆撃では犠牲者の半数以上が10代の若者で、学徒動員で駆り出された大勢の学生も命を落としました。

供養塔や慰霊碑にはその一人ひとりの名前が刻まれています。

また、1945年6月の豊橋空襲で実際に戦火から逃れた語り部からは当時の悲惨な様子が伝えられました。

(豊橋空襲を語り継ぐ会 渡辺翔子さん)
「本当に火の海です。豊橋駅のすぐそばに爆弾は落ちるし、上からも雨あられのように(爆弾が)降ってくる」

想像を絶する戦時下の体験を聞き、思わず涙を流す生徒も。

(参加した生徒)
「未来ある若者が国のために自分の命をかけて国を守れというのは、今となってはおかしいし、その時代は当たり前と思うと辛い」
「きょう感じたこと、話を聞いたことを雑談程度でも、ちょっとでも伝えられたら」

戦後78年、戦争の経験者が年々少なくなる中、思いを直接受け止めた若者が次の世代へとつないでいきます。

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