去年から続く「令和の米騒動」は、国の農政に対する不信感を浮き彫りにしています。当初、当時の農林水産大臣は「新米が順次供給され、円滑な米の流通が進めば、需給バランスの中で一定の価格水準に落ち着いてくる」と楽観的な見通しを示しました。しかし、実際にはコメ不足と価格上昇が続き、大臣は「コメがどこかにスタック(停滞)している」と、あたかも業者がコメを隠し持っているかのような発言をしたのです。
【写真を見る】「農水省は現場を知らないのでは」届かぬコメ農家の嘆き “二転三転する政策”に種もみ不足… 食卓を揺るがすコメ問題の現場で何が?【チャント!大石邦彦が聞く】
ところが、コメはどこにも見当たらず、政府は「備蓄米の投入」を余儀なくされました。しかし、この備蓄米も期待されたほど流通せず、コメ価格は政府の思惑とは裏腹に上昇し続けています。
こうした状況を受け、国はこれまでのコメの減産政策を転換し、増産へと舵を切りました。そもそも、国は1970年から2018年まで半世紀近くにわたり減反政策を続け、その後も米価維持のため「生産調整」という名目でコメの生産量を抑制してきたのです。
その結果、コメは余るという状況から一転、不足するという事態に陥り、国民生活に影響を及ぼしています。かつて農林水産大臣を務めた石破茂首相も、「ギリギリではなく、コメの生産を増やしていく」と明言し、コメ増産を打ち出しました。
国からの“増産”指示に戸惑いの声
そして、今シーズンの作付面積は前年を2.3万ヘクタール上回り、128.2万ヘクタールに増やすことになったのです。もちろん、この数値は国の示す参考値に過ぎませんが、現場では依然として国からのトップダウンの傾向が強いと言われています。
国からの増産目安は都道府県、さらに各自治体へと伝えられ、それぞれの農家に増産指示として割り当てられる仕組みです。私が取材した愛知県弥富市の農業法人によれば、増産指示が伝えられたのは2月頃だったということです。
しかし、現場からは「2月の段階では遅すぎる」という声が上がっています。その理由の一つが、種もみの不足です。種もみ作りは前年の4月から始まるため、それ以前に増産の指示がなければ、必要な種もみを確保できないのです。
当然ながら、去年4月の時点で増産の指示は出ていなかったため、コシヒカリなど人気品種の種もみは枯渇状態にあるといいます。仮に種もみが確保できたとしても、農薬が足りるかどうか分からないという不安も現場にはあります。
国は農業現場を知らないのか
ある農家は「農水省は農業現場を知らないのか」と嘆きました。さらに愛知県などでは、主食米だけを都合よく増やすことは難しいという事情もあります。これらの地域では、二年三作という輪作体系が確立しており、農地の半分で主食米、残り半分で小麦と大豆を生産しています。この体系は、農家の仕事を分散させ、効率的な農業を実現するために重要な役割を果たしてきました。
そのため、すでに小麦を栽培している畑で、急にコメを作れと言われても、物理的に対応できないのです。農家からは「国の政策がコロコロ変わっては困る」という切実な声も聞かれました。
また、今年のコメが順調に収穫できるのかという懸念もあります。近年のように高温障害に悩まされることはないのか、カメムシの被害は出ないのか、といった不安は尽きません。実際、去年の新米も地域によっては出来が悪く、収量が伸びなかったといいます。つまり、今シーズンに増産目標を立てても、作柄が悪ければコメ不足を解消することはできない可能性があるのです。
日本人にとってコメとは…
このように、現場には不安と不透明感が漂う中、コメ政策の行方を左右する田植えが始まりました。水が張られた田んぼに、田植え機がリズミカルに苗を植えていく光景は、かつては日本の風物詩であり、見る者の心を和ませるものでした。
しかし、いつしか人々はコメに目を向けなくなり、コメ離れが進んでしまったのです。私たち国民が、主食であるコメにもっと関心を持つべきではないでしょうか。
私は取材中、ある農家に「コメの価格が暴落した時こそ、取材に来るべきだ」と叱られた経験があります。コメの価格低迷は、農家にとって死活問題に関わる重大なニュースなのです 。
「霞が関のビル」ではなく、土にまみれた農業現場こそが、日本の農政が進むべき道を教えてくれることを忘れてはなりません。
CBCテレビ 解説委員 大石邦彦