映画『ディア・ファミリー』のモデル、筒井宣政さん 医学知識ゼロで挑んだ軌跡語る「娘が目標を与えてくれた」
6月14日(金)から公開中の映画『ディア・ファミリー』。本作のモデルになったのが、東海メディカルプロダクツ会長・筒井宣政さんだ。「娘の命を救いたい」その一心で、医学知識ゼロから人工心臓やカテーテル開発に挑み、世界中の17万人の命を救った。
娘さんのために命を燃やした軌跡と共に、医療とモノづくりの未来について涙ながらに語った。
未経験で足を踏み入れた医療の世界
愛知県春日井市に本社を置く医療機器メーカーの東海メディカルプロダクツ。同社が初めて国産化を果たしたのが、心臓の疾患に使われる医療器具「IABPバルーンカテーテル」だ。カテーテルとは血管などに挿入する医療で使う管状の機器のこと。その中でも、先端のバルーンを膨らませたり縮ませたりして心臓の動きを助けるのがIABPバルーンカテーテルだ。
父から多額の借金、手術費用の工面
筒井さんのルーツは、小さな町工場にあった。大学卒業後の1964年、父が経営していた町工場「東海高分子化学」で働き始める。工場ではストローや縄跳びなどの細長いプラスチック製品を製造していた。
そんなある日、父から多額の借金があると告白され、その額の多さに思わず声が出たという。返済期間を計算すると72年5カ月もあった。
「なせば成るんです。やろうとする、その気持ちが大事」。資金を集めるために新事業として、アフリカ人女性の髪ひもをつくり、現地で販売することに。英語は話せない、営業経験なしの筒井さんだったが、粘り強い気持ちが実を結び、西アフリカで大ヒット。7年で借金を返済した。
当初の10分の1の早さで借金を返したかったのは、娘のためでもあった。筒井さんがアフリカへ行く3年前の1968年、次女の佳美さんが生まれた。誕生の喜びを噛みしめる間もなく産婦人科の先生に呼ばれた筒井さんは、心臓に雑音が入ると告げられる。
「聴診器からドクドクドク、ザーっと音が入るんです」。しかし、まだ小さい佳美さんでは手術ができるかどうかも分からなかった。
海外の名医「現在の医学では手術不可能」
9歳に成長した佳美さんは精密検査を受けた。この日のために借金を完済して、手術費用2500万円を用意した筒井さん。しかし、佳美さんの体は悲鳴をあげていた。すでに手術はできず、日本だけでなく海外の名医からも「現在の医学では手術不可能」と言われた。
当初、佳美さんの手術費用は心臓病を研究している機関に寄付することを考えていたが、筒井さんは大学病院の教授からかけられた言葉を胸に、人工心臓の研究に挑み始める。「10年も研究すれば、佳美のために素晴らしい人工心臓ができるかもしれない。できなくても、医療業界の発展になる」と。
人工心臓を研究するために会社を設立
1981年、人工心臓を研究するため「東海メディカルプロダクツ」を設立。手術費用のために貯めておいた2500万円を投じて、さまざまな機材を取りそろえた。さらに国などの公的機関からの助成金を受け8億円の金額を費やし、あとは臨床試験を行うだけというところまでこぎつけた。
しかし治験、臨床試験に必要な金額は約2000億円。途方もない金額に、筒井さんは人工心臓を断念せざるを得なかった。
「佳美を救えない」絶望の果てに見えた一筋の光
筒井さんに一筋の光が差したのは「IABPバルーンカテーテル」。当時、国内で使われていたカテーテルは外国製のものばかり。身体の小さな日本人にはサイズが合わないため、合併症をよくおこす問題があったという。
国内での前例はないため、周囲からは「できるわけがない」と冷たい目で見られた。だが、筒井さんには確信があった。「カテーテルには東海高分子の樹脂加工技術が応用できる。さらにIABPのバルーンは、形は違うが人工心臓の研究でおなじことをやってきましたから」。
1989年、やっとの思いで完成した国産初のIABPバルーンカテーテル。しかし、これは心臓の動きを補助するもので佳美さんを救うことができない。筒井さんは胸が張り裂ける思いで伝えると「私のことは、もういい」と話したという。
「お父さんとお母さんは佳美の誇りだよ。私の病気のためにすごく医学の勉強をして、人工心臓にも挑戦してくれた。ものすごい努力をしたじゃない。それだけでうれしい」
1991年に、佳美さんは23歳という若さでこの世を去った。
「一人でも多くの生命を救いたい」。佳美さんへの強い思いは、東海メディカルプロダクツの企業理念にもなっている。その思いから採算を度外視してでも、患者のサイズに合わせてたくさんの種類のIABPバルーンカテーテルをつくってきた。世界中で17万人を救った“命のカテーテル”だ。
愛知のモノづくりと医療の未来
日々進歩する医療の現場で、モノづくり企業の役割は大きくなっている。東京都府中市にある榊原記念病院、循環器内科の七里守さんは、医療スタッフだけでは成り立たないと話す。
「良き材料、良き加工があるからこそ、最終的に我々の求めるカテーテルの治療器具ができます。そういった技術を持っている企業の力があって、はじめて医療は進歩していると感じます」
そして筒井さんは医療産業へ新たに参入する企業を応援するため、2018年に「筒井宣政基金」を設立。「日本には、すばらしい技術を持っている企業がたくさんあります。それを生かせば、世界的なモノができるはず」と筒井さん。
また、自動車産業をはじめとする愛知のモノづくりにも期待を寄せる。
「私の理想は、医療のことは愛知に聞けというようになること。医療のプラットフォームができるとすれば愛知が一番進んでいる」
「佳美が私に、目標を与えてくれた」
「あの子がいなかったら、こんなことはしないでしょう。佳美が私に、目標を与えてくれたんです」と、涙ながらに話す筒井さん。佳美さんの遺志を胸に刻み、東海メディカルプロダクツは今日も人々の命を紡ぐ。
筒井さんは最後に、こうも語った。
「採算を度外視してでも、何としても患者さんが望むものをつくる。それが医療をやる者の責務だと、私は思っています」