
シベリア抑留中の“禁断の恋” 取材で出会った料理人が驚きの一言…「うちと逆だな」 ルーツは日本で抑留されたロシア兵の“禁断の恋”だった【戦後80年 大石邦彦取材⑨】

シベリアで抑留された元日本兵が、ロシア人女性にプロポーズされた”禁断の恋”のエピソードを紹介してきたが、取材中にそれとは全く逆のエピソードを耳にした。これは連載中の「シベリア抑留記」の続編である。
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私はシベリア抑留中に禁断の恋に落ち、恋人だった現地のロシア人女性に作ってもらったボルシチの味が忘れられないという、名古屋に住む長澤春男さん(現101歳)を取材した。
その長澤さんに思い出の味を堪能してほしくて、ボルシチを提供してくれる飲食店を探した。「少しでも力になれれば」と協力してくれたのは、愛知県内にある料理店だった。
真っ赤なビーツが印象的なボルシチが、テーブルに運ばれてきた。
料理人の男性「うちと逆だな」
「食べるのはあれ以来だな」と長澤さんは、当時のことを懐かしそうに教えてくれた。彼の眼にはシベリアの風景の中に、恋人ターニャの姿が映っていたに相違ないだろう。
ボルシチは日本の味噌汁のような存在で、各家庭の味があるという。長澤さんにボルシチを作ってくれた、ターニャの味に近かったのだろう、長澤さんも満足していた。そんな長澤さんの話を興味深そうに聞いていたのが、世界を旅しワールドワイドな料理を学んだと豪語する、60代前半の料理人だった。彼は、突然こう呟いた。
「うちと逆だな」
実は、この男性の曽祖父はロシア人で、日露戦争で捕虜となり名古屋の収容所で捕虜として暮らしていたという。その時に出会ったのが、男性の曾祖母。
つまり、ひいおじいちゃんはロシア人で、ひいおばあちゃんは日本人だったのだ。
約7万2000人のロシア人が日本で捕虜に
私は運命的なものを感じていた。シベリアで抑留された男性が、敵国・ロシアの女性と恋に落ちたエピソードを取材中に、その約40年も前にあった、立場が全く逆の逸話に遭遇したのだから。
1904年、日露戦争で日本が勝利した後、日本で捕虜となったロシア人は約7万2000人で、日本全国の30近い収容所で暮らしていたという。名古屋には最大3700人を超えるロシア人捕虜が暮らしていたという記録が残されていた。
料理人の男性は、自分のひいおじいちゃんの話を語り始めた。
ロシア人捕虜を“丁寧に扱うよう”お達しが
「私は直接本人に会ったことはありません」と切り出し、すべては自身のおじいちゃんから伝え聞いたのだと話していた。
日露戦争で敗れたロシア。満州で日本の捕虜となり連行された曾祖父。船で日本に運ばれ、名古屋の瑞穂区にあった収容所に入れられた。
当時は是が非でも、国際社会に認められたかった日本。捕虜の処遇などを国際的に取り決めたハーグ条約を批准して間もない時期だったため、国際的な地位を高めようと、捕虜の扱いにはかなり配慮していたことも伺える。戦争中の捕虜の扱いを示した「俘虜取扱規則」を守るために、必死だったのだろう。ロシア人捕虜を丁寧に扱うよう全国にお達しが出されたようだった。
西洋化を目指した明治の文明開化から36年、捕虜の扱い方ひとつとっても、日本の懸命さが伝わってくる。そのおかげもあって、生活は劣悪なものではなく、シベリア抑留のそれとは全く異なっていた。
しかも、生活は自由だった。俄には信じ難いが、日中は街に自由に繰り出すことも許されていたという。
「顔は似ていないが、骨格はロシア人譲りです」
「うちのひいおじいちゃんも、捕虜であったにもかかわらず、映画をみたり、買い物をしたりしていたようですよ」と話していた。
「その過程で、ひいおじいちゃんはひいおばあちゃんと出会い、僕のおじいちゃんが生まれたんですよ」
目の前にいる男性を見て、改めて明治という時代から、大正、昭和、平成、令和と時代が変遷しても、このDNAは脈々と受け継がれてきたのだと思うと、感慨深いものを感じた。
日露戦争の捕虜だったロシア兵の血を引く男性。「写真を見ると顔は似ていないが、骨格はロシア人譲りですよ」と教えてくれた。
確かに肩幅が広く、足腰も太かった。シベリア抑留の取材中に、ひょんなことから出会った男性から、日露戦争後にあったロシア人の「日本抑留」を知ることになった私は、この男性料理人の曾祖父母の出会いと恋愛を取材することになった。
〈これまでの記事〉
・100歳抑留者が初めて明かす 戦後80年の秘密①
・ロシア人女性との“禁断の恋” 命つないだロシア語への執念②
・強制労働先での出会い「瞳は丸く大きかった」③
・忘れられない ターニャの「ボルシチ」④
・「ハルオ、私と一緒になって」 知る由もない祖国の状況・未練⑤
・2人に訪れる転機 忘れられない彼女の表情⑥
・彼女からの最後のプレゼントは“香水”だった⑦
・帰国後勤めた会社に激震が走った“モスクヴィッチ事件”⑧
【CBCテレビ論説室長 大石邦彦】





