
「夢唯は気付いてもらえず心肺停止に」 “異常知らせるアラーム”は鳴らない設定になっていた 医療事故で亡くなった3歳の女の子 現場に広がる深刻な“アラーム慣れ”

私たちは、医療を信頼して命を預けますが、その現場で、事故は相次いでいます。一体なぜなのか。
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「自分が医療事故の“遺族”になるなんて、全く思ってもいなかった」
こう話すのは、去年8月、3歳だった娘の夢唯(むい)ちゃんを医療事故で亡くした母親です。遺伝性疾患の難病「ヌーナン症候群」で、生まれつき心疾患のあった夢唯ちゃん。
入院や通院を繰り返しながらも、姉や、妹と遊ぶことが大好きな女の子でした。
(夢唯ちゃんの母親)
「私が疲れていたり、落ち込んでいる時は、グーっと抱きしめてくれる。生まれた直後は不安だったけど、不安はなくなっていたし、普通の子たちと何も変わらないと思いながら生活していました」
退院が決まった夢唯ちゃん「ニコニコして…」
しかし去年5月、ノロウイルス感染による急性脳症や肺炎を併発し、かかりつけの岐阜県総合医療センターへ入院。入院後の夢唯ちゃんは、喉に医療器具を取り付けています。
(母親)
「これが夢唯の喉に入っていたものになります」
炎症で気道が狭まって息が出来なくなる恐れがあったため、喉に穴を開けて「気管カニューレ」という呼吸用の管を入れました。カニューレは、差し込むだけで完全には固定されず、首に巻いたベルトで抜けにくくします。
2ヶ月の入院で症状も落ち着き、あとは退院するばかりでした。
(母親)
「主治医から、“夢唯ちゃんいっぱい頑張ったから、おうちに帰ることができますね”と言っていただいて、すごくうれしくて」
「その時の夢唯の笑顔と、長女が『夢唯ちゃん、退院したらいっぱい遊ぼう、おままごとしよう、お絵かきしよう』と言っていた姿が今も忘れられない。笑顔で一生懸命ほっぺをたたきながら、ニコニコニコニコして」
「夢唯は気付いてもらえず、心肺停止に」
しかし、2024年7月25日の午前9時頃。
夢唯ちゃんは、喉からカニューレが抜け、ベッドの上で心肺停止状態になっていたのです。その後、心拍は再開しましたが、意識は戻りませんでした。
(夢唯ちゃんの姉)
「お姉ちゃんは、夢唯ちゃんが生まれてうれしかったよ」
2024年8月24日、夢唯ちゃんは亡くなりました。
カニューレが抜けて呼吸困難になるのに備え、夢唯ちゃんの足には、血液中の酸素量を測る装置がつけられていて、異常があれば、ナースステーションでアラームが鳴るようになっていました。
しかし…
(母親)
「セントラルモニタで中断操作がなされていて、再開操作されなかったことによって、夢唯は気付いてもらえず、心肺停止に至ったということが分かってきました」
アラームに気づかなかったのではなく、そもそも鳴らないようにしてあったのです。
1週間前にも“心肺停止”に 知らされたのは亡くなってから
母親が病院から入手した、モニタの履歴。
午前6時21分から、心肺停止で発見された午前8時59分まで、約2時間半のデータは記録されていません。おむつ交換などのために、モニタの作動を中断させたままでしたが、このためにアラームは鳴らず、夢唯ちゃんの異変に気づけなかったのです。
(母親)
「3歳の声を出すこともできない娘が、どれだけ苦しく怖い思いをしたのかと思うと…」
実は、この事故の1週間前にもカニューレが抜けて、一時的に心肺停止となっていたことを、夢唯ちゃんが亡くなった後に知らされました。病院への不信感が募る一方、母親は今も自分自身を責め続けています。
(母親)
「娘のために決めた転院や気管切開を受けること、私の選択したことは間違いだったのかなとか。こんなに怖く、苦しい思いをさせてしまったという思いが強い」
24時間鳴り続けるアラームで“慣れ”が
なぜ、事故は起きたのか。医療安全問題の第一人者、名古屋大学医学部附属病院の長尾能雅教授は、まず、気管カニューレの外れやすさを指摘します。
(名古屋大学附属病院 患者安全推進部・長尾能雅教授)
「呼吸をすれば、皮膚と気管がずれたり動いたりする中で、チューブの固定が緩いから、どうしても徐々に抜けてきたり、違和感で患者さんが自ら引っ張ってしまったりするリスクがある」
元々、外れる恐れのある気管カニューレ。メーカーや、医療事故の調査機関などが扱いに注意を促していますが、長尾教授がさらに重要な問題として指摘するのが…
医療現場に広がっている「アラームへの意識の低下」です。
(長尾教授)
「“無駄鳴り”というのですが、本当に異常を身体が示していなくても、アラームが鳴ってしまうことがある」
四六時中鳴り続けるアラームに慣れてしまうことで、緊急事態の見過ごしを引き起こすというのです。
(長尾教授)
「“アラーム疲労”などと言ったりしますが、本当に重要なアラームを認識できないリスクも指摘されて久しい」
「どう見てもアラームにナースは対応していない」
この「アラーム疲労」問題に本格的に取り組んだのが、さいたま市民医療センター。看護師として、改善の先頭に立った冨田さんは。
(さいたま市民医療センター・冨田晴樹看護師長)
「一番にやらなければいけないのは、アラームの無駄鳴りを減らすことでした。(対策前は)1日で4000回くらい鳴っていた。1分間に5~7回。つまり24時間アラームが鳴りっぱなし。ただ、どう見てもアラームにナースは対応していない」
病院がまず取り組んだのは「無駄鳴り」の防止。それまで、誰にでもつけていた心臓や酸素のモニタを、症状や年齢などに応じて本当に必要な患者だけにつける、アラームが鳴る基準も患者ごとに設定するなど、ルールを定めたのです。
(冨田看護師長)
「“心停止に近いようなアラームしか鳴らさない”というのを徹底して、アラームの数は今は(改善前の)10分の1くらい」
この上で、病院内の至る所にアラームを知らせるモニタも設置。本来の緊急事態として、認識できるようにしました。
(冨田看護師長)
「心電図モニターの音は“環境音”なんです。その(鳴り続ける)環境であれば、必ずまた次が起こるので。“病院として対策を立てる”ということが必要」
「夢唯の話になると、すぐ涙が出てしまいます」
国は2015年10月「医療事故調査制度」を施行させましたが、2015年10月から2025年9月末の10年で起きた医療事故は累計3533件。減ったのか増えたのか、それ以前に、調査や記録をしてこなかったためわかりません。
(長尾教授)
「人間誰もがミスをする。医療者も必ずミスをする。でも、患者の命や健康被害につながってしまっては元も子もないので(ミスを)なくす。“人類の課題”と言ってもいい」
(夢唯ちゃんの母親)
「夢唯の話になると、すぐ涙が出てしまいます。1年たって、ものすごくあっという間で…」
夢唯ちゃんが亡くなって1年。事故があった岐阜県総合医療センターとは、話し合いが続いていて、まもなく病院から詳しい調査結果が示されると言います。
(母親)
「病院が憎い気持ちが最初はすごく強かったけど、“そうじゃない”と思えてきた。『夢唯の命も誰かのためになるかな』と思って。再発防止につながれば、と思って行動しています」
失われた3歳の命。「医療の安全」をどう高めるのか。重い課題を問いかけています。





