「私はアルコール依存症者です」
【写真を見る】元TOKIO・山口達也さん “お酒が強いね”は褒め言葉だった 「熱が出たらもっと飲んでやろうと」 アルコール依存症の闘病体験【前編】
そう言ってマイクを握るのは、元TOKIOの山口達也さん。
20歳の頃 友人たちと楽しく飲んでいたお酒は、いつしか1人で飲むものへと変わっていきました。
仕事は絶好調なのに、どこか満たされない毎日。記憶を失ったまま深夜にコンビニへ向かい、気づけば新しい焼酎を用意していた日も。不祥事で芸能界を去った約2年後、“止まっていた”はずのお酒を飲み、バイクにまたがった山口さん。
華やかな舞台に立ち続けた山口さんが、医療を学ぶ専門学校「名古屋医専」の生徒たちを前に、自らの依存症を包み隠さず語りました。
この記事は【前編】です。【中編】と【後編】は以下のリンクから読むことができます。
【中編】朝起きると…身に覚えのない“新しい焼酎”が ラストオーダーでは「焼酎ダブルを5杯」 変わっていった飲み方
【後編】 「気を失うまでお酒を飲まないと、その日が終わらなかった」 根っこにあった“低すぎる自己肯定感”
「依存症は完治しない」医師に宣告されて…
(山口達也さん)
私は、約6年前にアルコール依存症者であるということを認めました。
この「認めました」というのは非常に大事なんです。世の中には、医師に「あなたは依存症かもしれません」と言われても「大丈夫だ」「自分はちゃんとコントロールできているんだ」と認めない人たちがいます。
医師に言われようが言われなかろうが「私はもう上手にお酒が飲めない人間なんだ」と認めることが、回復には大事。それが回復のスタートでした。
「依存症は完治しない」ということを医師に宣告され、私はこの病気と一生付き合っていこうと決めました。
お酒を「やめた」とは言えない「止まっている」と言う理由
私は6年前からお酒が止まっています。
この言い方も変ですよね。「6年前にお酒をやめた」ということじゃないです。「6年前から止まっている」という状態です。
アルコール依存症者は「やめた」ということはなかなか言いづらい。また飲んでしまうかもしれないから。「やめたんだ、やめるんだ」「もう一生飲まない」と言っても、また繰り返してしまう。
そうすると周りの人たちからは「なんだこいつ、また飲んでるわ」「また約束破ったんか」と信用がなくなります。人が離れていきます。孤独になります。
こうやって依存症者というのは、自分が知らないうちに繰り返してしまい、信頼をなくし、人が離れていく。孤独になる。社会から外れていく。だから、本人が認めることが大事なんです。
6年前に起こした飲酒運転事故
私は、この先の人生でお酒を飲んだら死にます。
再びお酒を飲んだら、誰かの命を奪うかもしれません。もう飲むわけにいかないんです。私は6年前に飲酒運転で事故を起こしています。またお酒を飲んだら同じことを、またさらにひどいことをやるぐらい、お酒を飲んでしまうかもしれないから。
この病気を克服する方法は、たった1つしかないと私は思っています。それは「アルコールを一生、一口も飲まない」こと。
飲まないのは当たり前じゃないかと。すごく当たり前のことですが、私のような重度のアルコール依存症者というのは、もう自分の力で、お酒を飲まないという行動をとることはできないわけです。
「脳のコントロール障害」という言葉に救われた
アルコール依存症者は、簡単に言うと「脳のコントロール障害」と言われています。私はこの言葉を聞いて、良かったとまでは言えないけど、少し助けられたような気持ちになりました。
我々人間というのは、朝起きてから寝るまで「意志」を働かせながら、何十何百、下手したら何千という選択をしながら1日過ごすわけですよね。その中でこの依存に関することは、「意志が働かない」と言われています。これが脳のコントロール障害、なるほどと。
簡単に言うと優先順位がお酒中心なわけです。これ、お酒好きと非常に似ています。1日勉強していたり友達と遊んでいても、何かふと頭を支配するものってありますか?「はっ」と思っちゃうもの。有害な結果があっても、駄目だと思っても繰り返しするわけです。
「熱が出たら、もっとお酒を飲んでやろうと思っていました」
アルコール依存症者というのは、まず日常生活が送れなくなります。朝から酔っ払っていたりするわけです、前の日のお酒が残っています。そうすると食事もとらなくなってきます。ひどい依存症者になると、もう部屋から出ないでお酒だけ飲んで、トイレも行かなくなります。
じゃあトイレをどうするか。前の日に飲んだお酒の瓶におしっこを入れて、また違う瓶で酒を飲む、そういう生活。
私なんかは、インフルエンザになろうが風邪を引こうが熱が出ようが、お酒を飲んでいました。「なんで?」と思うんですけど、酒を飲んだら風邪が治ると思っていました。熱が出たらもっとお酒を飲んでやろうと思っていました。もうそこでバグってるんですよ。
「今日一杯で終わりにしよう」「乾杯で帰ろう」そんなことはね、もう効きません。「もっともっと」ってなる、止まらなくなってくるわけですよね。
そうやって自分が気を失うまで、何か問題行動を起こすまで。2杯3杯じゃ終わらないです。5杯10杯で帰ってきたのを覚えていないとか、そういうところまで飲み続けてしまう。
『お酒が強いね』は褒め言葉
日本は、20歳になればお酒が飲めます。とても嬉しかったですね。「やっと飲めるわ」と。レモンサワーとかで朝まで楽しく飲めました。でもたまに強いお酒を飲んだりすると潰れることがある、気持ち悪くなることもある。
「もっと飲めるようになりたい」
私の性格は負けず嫌いなので、先に潰れるのはかっこ悪いと思いました。例えば友達の女の子と飲むことがあったら、女の子よりも先に酔ったらかっこわるい。「もっと強くなりたい。どうやったら強くなりますか?」ってお酒の強い先輩に聞きました。「いやもう吐いても飲むしかないよね。吐いて飲んで吐いて飲んでしよう。もうそれしかない」「体を鍛えても酒は強くならん、酒を飲み続ければ強くなる」と。耐性がつく、それだけなんですよね
もっと強くなりたい、とお酒を飲み続けました。「お酒強くなったね」「お酒飲めるじゃん」と言われると、嬉しいような誇らしいような気持ちになりました。「酒が強いね」は、褒め言葉だと思っていました。
この記事は【前編】です。【中編】と【後編】は以下のリンクから読むことができます。
【中編】朝起きると…身に覚えのない“新しい焼酎”が ラストオーダーでは「焼酎ダブルを5杯」 変わっていった飲み方
【後編】 「気を失うまでお酒を飲まないと、その日が終わらなかった」 根っこにあった“低すぎる自己肯定感”


