岐阜県東白川村には、つちのこを祀る「つちのこ神社」があります。なぜ、つちのこは祀られることになったのでしょうか。その答えは、秘蔵映像に記録された“ある出来事”のなかに隠されていました。
生け捕りで懸賞金は134万円

2026年5月3日、岐阜県東白川村で開催された「つちのこフェスタ」。三重や秋田、東京など全国各地から参加者が集結しました。
参加者たちの目的はただ一つ、“つちのこ探し”です。
“つちのこ”とは、日本に言い伝えられている未確認生物。ヘビのような見た目にビール瓶のように太い胴体、丸い体を生かして、転がりながら移動するという話も。全国各地から目撃例がありますが、いまだ捕獲はされていません。

つちのこフェスタのメインイベントは、選ばれし800人による“本気捜索”!人口約2,000人の東白川村、普段は静かなこの村に、5月3日だけは猛者たちが集まってきます。

つちのこを生け捕りにすれば、懸賞金はなんと134万円。参加者たちに生け捕り方法を取材してみると、「友達だと思わせて、おびき寄せて捕まえる」、「(自作アイテムで)空気をシュッと発射して、気絶させる」などさまざまな作戦が聞こえてきました。
目撃談も続々「山から転がってきた」
なぜ、この村でつちのこ捜索が行われているのでしょうか。

実は、東白川村はつちのこの目撃例が多い地域。村人に取材してみると、「父と祖母は小さいときに見たことが。80~90代は見たことあるかも」、「わしのおばあさんが見たことあると。(つちのこが)山から転がってきた」など目撃談が寄せられました。

さらに、村内にある『つちのこ館』には、「東山動物園へ行ってもあんな太いヘビおらんよ」、「私の腕くらいあるってェ」など村人からの目撃例が掲示されていました。
なぜ祀ったのか?「つちのこ神社」誕生秘話
東白川村に伝わるのは、目撃例だけではありません。
つちのこフェスタ実行委員長 安江豊司さん:
「あれが、“つちのこ神社”です」

なんと東白川村には、つちのこを祀る神社まで建てられていたのです。中京テレビは、その理由が分かる秘蔵映像を入手しました。

映像が撮影されたのは、1989年4月の東白川村。のぼりには、“つちのこ神社”の文字が書かれていました。
一体、なぜ神社なのでしょうか。そのワケは、この映像が撮影された約1か月前の出来事にさかのぼります。

獣道を突き進む村人たち。たどり着いた先にあったものは、なんと“つちのこの墓”でした。

映像に映る村人によると、とある村人が約30年前に、この場所につちのこを埋めたとのこと。しかし、このとき墓を掘り返しましたが、土の中からは何も出てこなかったといいます。

実は、つちのこ神社のご神体は、このとき掘り起こされた“土”。当時を知る、東白川村・前村長の今井俊郎さんは「伝説だから、やっぱりしっかり供養しようという話になった」と明かしました。
東白川村にとって、“つちのこ”とは?

神社を建てた村人たちの胸にあったのは、“どうしても、つちのこを捕獲したい!”という願い。そんな思いから始まったのが、つちのこフェスタだったのです。

初回は約400人が参加。37年がたった今では、2,000人を超える人が集まる、村の一大イベントとなりました。

捜索時、ワラビやゼンマイなど山菜は採り放題。さらに、近年では、村の特産品と交換できる“つちのこプレート”を探す楽しみも加わりました。

一方、イベント会場では、丸太切り競争などさまざまなイベントを実施。そして、この日、最も盛り上がったのが、特産品の抽選会です。目玉商品は、東白川村産のコシヒカリ30キロ。フィナーレは、毎年恒例の餅まきで締めくくられました。

かつて、日本に起こったつちのこブーム。いつしかブームは過ぎ去り、全国で行われていた捜索イベントも姿を消しましたが、東白川村だけは赤字でも続けました。
東白川村にとって、“つちのこ”とは・・・?
村の人々に聞いてみました。

東白川村 桂川憲生村長:
「いつまでも探し続ける、ロマンみたいな存在です」
東白川村 今井俊郎前村長:
「探し続けることが大事」
つちのこフェスタ実行委員長 安江豊司さん:
「なくてはならないものだと思っています」
村人:
「つちのこのおかげで、みなさん来てくれて、盛り上がるので、ありがたい存在」
村人:
「見つかってほしいような、ほしくないような・・・」
村人:
「村おこしの大切な存在だと思います」
小さな村で始まった奇跡の村おこし。そこには、子どもから大人まで夢中になれる“ロマン”がありました。


