
「現場の部屋は片付けないことに」妻を奪われ26年 容疑者逮捕を経ても夫が歩み続ける『DNAの“捜査活用”』への道

1999年に名古屋市西区で妻を殺害された高羽悟さんは、事件現場の部屋を守り続け、時効撤廃の実現にも尽力してきました。犯人逮捕を信じて歩んだ26年―急展開を迎えた事件の舞台裏と、未解決事件捜査の新たなカギについて話を聞きました。
■警察から涙ながらの報告「今夜逮捕できることに…」
妻の奈美子さんを殺害された、高羽悟(たかば・さとる 69)さん。事件から26年を経た逮捕は、まるでドラマのように告げられたそうです。
高羽悟さん: 「鑑識みたいな制服を着ていらっしゃったので、あの方がDNA解析したんじゃないかなと思うんですけど。『高羽さん、おまたせしました、26年。この後、詳しいことは捜査員が言いますので』と言って、すぐ出て行かれて。捜査員の顔を見たら、もう涙ぐんでいて、『私泣きそうです』って言いながら『今夜、逮捕できることになりました』と言われた」
そこで告げられた名前は、安福久美子容疑者(69)。奈美子さんの関係者だと思われていた容疑者は、高羽さんの高校の同級生でした。
高羽悟さん: 「(聴取で)奈美子との出会いから結婚、事件の日までの流れを細かく聞かれています。きょう聴取している刑事さんも『家に帰れていないんじゃない?』と聞くと、『家に帰ってこなくてもいいからちゃんとやれ!』と奥さまから激励されていると。本人も『警察官人生で、こんな大きな仕事をさせてもらえることはまずないだろうから、一生懸命やります』と」
■見せ続けた“諦めない姿” 高羽さん「僕らはコツコツやってきただけ」
毎年、事件が起きた日などに合わせ、情報提供を呼びかけてきた高羽さん。多くのメディアがその度に、犯人逮捕を諦めないその姿を取り上げてきました。
そして、妻が犠牲となったつらい現場であるアパートの部屋を、当時のまま残しています。26年、総額2200万円以上に上る家賃を払い続けてきました。
幸せだった家族の時間と、事件の生々しい痕跡が同居するこの部屋でも、何度も何度も取材に応じてきた高羽さん。 当時2歳で母を失った息子の航平さんも、父親の愛情を受けてすくすくと成長する姿を、カメラの前で見せてくれました。また、高羽さんとともに情報提供の呼びかけにも加わり、二人三脚で戦ってきました。
2024年、諦めなかった親子に、新たな「風」が吹きます。 高羽悟さん: 「(担当の捜査員は)去年4月の赴任だったと思うんですけど、自宅へ来て『僕が来たからには逮捕しますので』って言い切るんですよ。『ここにあるリストの中に、絶対ありますから。私が一つ一つ潰していきますので、協力してください』って」 洗い直したリストから浮上した安福容疑者。DNA型と現場の血痕が一致したことが、逮捕の決め手になりました。
逮捕翌日には、安福容疑者を立ち会わせて改めてアパートを検証。四半世紀以上も前のままの現場を見た安福容疑者は、「事件の際に自分も手にケガをした」という趣旨の供述をしているといいます。 高羽さんにとって、“悲願”ともいえる光景でした。 高羽悟さん(11月1日): 「容疑者を現場検証に立ち会わせるために、頑張って家賃を払ってきましたので。警察の方にはちゃんと捜査をしてもらってやっていただければ、頑張って家賃を払ってきたかいがあるかなと思います。(逮捕当日に)知人が一緒にお酒を飲んで祝ってくれた。本当にみんなに優しくしてもらって、ありがたいです」
安福容疑者は捜査本部の調べに、こう供述しているといいます。 <安福容疑者> 「26年間、毎日不安だった。事件についてのニュースも見られなかった。発生日が近くなると、悩んで気持ちも沈んだ」
高羽さんの戦い続ける姿が、安福容疑者を追い詰めました。 高羽悟さん: 「私たちは、枕を高くして寝かせないように今後もやりますよと訴え続けてきたので、その通りになっていたので」 Q.追い詰めたのは、高羽さんや「宙の会」では。高羽さんが取材を受け続けたことで、その姿を目にした容疑者は11月13日が近づくと、“またあの日がやってくる”と思うはず 高羽悟さん: 「『夫の執念』って記事に書いていただくんですけど、自分では執念だと思っていなくて。どうやったら風化しないか、どうやったら相手を追い詰められるかを考えて、ただやっただけのことですから。僕らはコツコツとやってきただけのこと」
■『宙の会』で実を結んだ“時効撤廃” その後に未解決事件の逮捕に繋がる
殺人事件被害者遺族が集う『宙(そら)の会』の代表幹事でもある高羽さんは、容疑者逮捕を待つ26年で、大きな「法の壁」を取り払いました。 2010年、『宙の会』の働きかけが実を結び、法改正で殺人罪などの時効が撤廃されました。
高羽悟さん: 「国会傍聴席から見た景色は、本当に素晴らしかったです。遡及してまで適用してくれるとなりましたから」 1999年に発生した奈美子さん殺害事件の時効は「15年」でしたが、時効が成立していない事件も対象となったことが、大きなポイントとなりました。 高羽悟さん(2010年): 「あと4年半しかないと思っていましたけど、本当に『やったぞ』と。『逃げ切れる』と思っていたと思いますので、ここで時効を撤廃したことによって、随分がっかりしてくれたのではないかなと。そういう意味では、少し仕返しができたかなと」
この「時効撤廃」で、1997年に発生した未解決の強盗殺人事件の容疑者を、三重県警が2013年に逮捕。本来時効になっていた捜査本部設置の重大事件では全国初のケースとなり、その後も未解決事件の容疑者逮捕に繋がっています。
■未解決事件の遺族「次は自分の番だ」 26年前の事件の逮捕が“希望の光”に
高羽さんとともに『宙の会』で活動する天海としさんは、2004年に豊明市で起きた殺人・放火事件の被害者遺族です。 妹の加藤利代(かとう・としよ 当時38)さんと、9歳・13歳・15歳の子供が刃物で刺されるなどして死亡しました。子供を含む4人を殺害した犯人は、まだ逮捕されていません。
事件から21年が経ち、「風化」の言葉も頭をよぎりますが、高羽さんの事件の解決から1週間で、捜査本部に7件も情報提供があったといいます。
天海としさん: 「『もうダメじゃないか』って気持ちがどこかにあるんでね。残された家族にとっては、この一報は本当に心強くて、『次は自分の番だ!』と思えたので。この追い風に乗って、頑張って1つでも多くの未解決事件を解決してほしいと思います」
■未解決事件のカギに…「次はDNA」
「未解決」と戦う全国の遺族に希望を与えた、26年越しの解決。コールドケースをなくすために、高羽さんには成し遂げたいことがあります。 高羽悟さん: 「僕らも頑張って時効を撤廃しました。だから“次はDNA”と言っていますけど」 現在、捜査で活用されている「DNA型鑑定」は、身体的特徴や病気の情報を含まない部分を分析し、今回のケースのように個人を高い精度で“識別”します。 一方、高羽さんら「宙の会」は、“識別”だけでなく最新技術を活用し、DNAから年齢幅や病歴などを導き出し、捜査に活用できるような法整備を求め続けています。
ただ、『遺伝情報は究極の個人情報』という繊細な位置づけが、法整備が進まないネックになっています。 高羽悟さん: 「遺伝子情報が使えたら、もっとモンタージュに近い女の似顔絵ができたら、もっと早く解決したと思いますよ、と訴えていきたい。第三者機関をつくってもいいから、早く着手してほしい」 Q.きちんと法整備をしてプライバシーを守るように 高羽悟さん: 「だから私、もう(現場の)部屋は片付けないことにしました。『遺伝子情報が捜査に使える』という法整備ができるまでは。それにはやっぱり現場があった方が訴えやすいと思うので。皆さんの期待に応えられるように、家賃を払っていきますので」
今度は、多くの未解決事件のために、2200万円を超えた家賃をまだ払い続けるといいます。 高羽悟さん: 「(2000年12月発生の)『世田谷事件を解決する会』にも行っていますので、そこでみんなに『26年たっても解決するんだから、希望を捨てたらダメですよ』と言ってあげたいと思います」





