
「海猿」新人2人の過酷な訓練に密着 10kgの重りで立ち泳ぎ5分 25分間の最難関「サーキット訓練」

海の安全を守る、海上保安庁の潜水士「海猿」。東海地方の海を管轄する第四管区海上保安本部に所属し、厳しい訓練を乗り越える2人の新人に密着しました。

三重県鳥羽市の港に集結した7人の「海猿」。巡視船「いすず」の潜水士です。
東海地方を管轄する第四管区海上保安本部に所属し、伊勢湾や三河湾などの海の安全を守っています。
海上で発生した事故で、人命救助や行方不明者の捜索を行う、海難救助のエキスパートが潜水士。
海上保安官から潜水士になるには、研修生として選抜され、2カ月に及ぶ厳しい訓練を終え、国家試験に合格することが必要です。
第四管区海上保安本部でも13人しかいません。
そんな潜水士に新たに任命されたのが、市岡隆真さん(27)と小手川颯さん(25)の2人です。
「潜水士として働くことによって、現場の最前線で救助に向かうことができる。助けを待っている人達にいち早く手を差し伸べられるようになりたい」(市岡さん)
潜水士としての最初の出動は、去年、鳥羽市の答志島沖合で起きた漁船の転覆事故でした。
「出動して初めて要救助者を見つけ、その人は亡くなっていたが、家族の元に返してあげることができたのが一番のやりがいに感じた。1分1秒でも遅れると助けられない現場でもあるので、そういうところに自分がいち早く着いて救助したいという気持ちが一番強い」(市岡さん)
小手川さんは、映画に影響されたといいます。
「映画『海猿』を見て海上保安庁の潜水士を知り、入庁を希望した。地域住民などいろんな人から『潜水士が来たから助かる』という安心感を与えられる潜水士を目指していきたい」(小手川さん)
新人2人の過酷な訓練

一人前の潜水士をめざし、2人は日々の過酷な訓練に向き合います。
三重県志摩市にある水深4mのプールを使った訓練。
肩に担ぐのは10kgの重り。それを持ったまま5分間の立ち泳ぎをします。
要救助者の搬送のため、極限まで自分を追い込みます。
「5分でも10分くらいに感じる。きつければきついほど、体感の時間はより長く感じる」(小手川さん)
潜水士に求められる最低限の呼吸の停止時間は2分半。それを目指すため、重りを抱えて水中で座る訓練のほか、潜水など体力的にも精神的にも厳しい訓練が続きます。
締めくくりは、要救助者の捜索を想定した訓練です。
水中の狭い空間で作業を行うことを想定し、障害物に見立てた梯子の中などをくぐります。
「まずはプールという安全管理が整った環境で、呼吸停止能力や体力面で自分の限界がどこまでなのか、現場でどこまで限界を超えずに作業できるのかを見定める」(潜水班長 森田祥太さん)
実際の現場を想定した訓練を通して、自分の限界を高めていきます。
潜水士の業務は、訓練だけではありません。
報告書などを作成する事務作業のほか、船が出航した際にはかじ取りなど操船の仕事に加え、水族館などで啓発活動なども行います。
支えは家族の存在

仕事が一段落すると…待ちに待った食事の時間。
「めっちゃうまいっす!」
食事は基本的に船内。まさに言葉通り「同じ釜の飯を食う」仲間たち。
出航すれば寝泊まりも船ですが、勤務によっては家に帰ることができます。
新人潜水士の市岡さんを出迎えるのは、妻の未来さんと5月に生まれた男の子です。
「新しい家族も増えたので、家族のために仕事を頑張るのが一番の癒し。(子どもの可愛いところは?)全部ですかね。顔のパーツから何から何まで」(市岡さん)
子どもが生まれたことで、「人を助ける」という気持ちにも変化があったといいます。
「結婚して家族が増え、『要救助者が自分の家族だったら』と考えることが多くなり、今まで以上に『絶対助けたいんだ』という気持ちが強まった」(市岡さん)
そんな若い「海猿」たちが乗り越えなければならない、最も過酷な「サーキット訓練」が待ち受けていました。
「サーキット訓練」は、海難現場で要救助者を連れて脱出するため、基礎体力を向上させる訓練です。
20kgの重りを水中で運んだり、ロープを使って船上に登ったりなどの4種目を行います。
制限時間は25分。この間は休むことも許されません。仲間から厳しい声と励ます言葉が飛び交います。
2人の新人「海猿」。最後は息も絶え絶えです。
「腕が上がらなくて握る力がもうなくて、それで上がれなかった。もっと力をつけてリベンジしたい」(市岡さん)
「若き海猿」の思い

次は、転覆船に取り残された要救助者を2人1組で救助します。制限時間は40分です。
この日はにごりが強く、周りが見えづらい状態でした。
訓練開始から約16分経過。要救助者の元に到着。このままのペースで進めば訓練は成功です。
「今から潜るからね。出れるから頑張ろうね」(市岡さん)
帰り道は潜水に慣れていない要救助者を連れているため、行きよりも難易度が上がります。
無事40分以内に連れ帰ることができました。
過酷な訓練に日々挑む「若き海猿」の思いは―。
「救助を待っている人にすぐたどり着けるのが、潜水士の一番の魅力だと思う。待っている人たちをいち早く助けに行くという思いで、日々の訓練や実働に備えていきたい」(市岡さん)
「潜水士じゃない海上保安官が行けない現場に潜水士は行ける特別な存在。海上保安庁の潜水士は人命救助が目的なので、絶対いつかは生きた人を助けることをしたい」(小手川さん)