2026年2月に行われたミラノ・コルティナオリンピック。岐阜県出身でトヨタ自動車の堀島行真選手は、フリースタイルスキー男子モーグルで2大会連続となる銅メダルを獲得しました。さらに、1対1で競う新種目デュアルモーグルでは決勝に進出。カナダの選手に惜しくも敗れ、金メダルには届きませんでしたが、この大会で2つ目のメダルを獲得しました。
大切に保管される2つのメダル

4月14日はスタジオに堀島行真選手に来ていただきました。まずはメダルを見せていただきました。
--メダルを生で初めて拝見したんですけど、間近で拝見すると、非常にまばゆい輝きを放っていますね。
堀島行真選手:
「重みもあり、獲得した実感が湧いています」
--スタジオに入ってこられる際はケースに入っていました。そのケースは、自前なんですか?それとも、選手に渡されるものなんですか?

堀島選手:
「今大会からJOCがくれたものです。メダル獲得者に向けて、メダルケースとしてもらいました」
--保護するように。
堀島選手:
「はい」
--今、こうやってメディアも出られて、相当出番もメダルも一緒にあると思うんですが、大丈夫なんですか?きれいなままずっと持っていますか。
堀島選手:
「少しスクラッチというか、傷がつくこともあります。でも、丁寧にしようという気持ちもあるので、僕、いつも一緒にカバンに入れながら、きれいにできるようにしていますね」
--おうちに帰ると磨くこともあるんですか?
堀島選手:
「自分も触った指紋もあるので、少し指紋を拭くことはやってはいますね。でも、そんなにきれいにするというよりかは、キープしている感じです」
--では、ご自宅かご実家に、これまで獲得されてきた数々のメダルとともに、基本的には保管されているんですか。
堀島選手:
「今はそうです。前日までも札幌でのイベントに参加していました。そのため、ずっとカバンの中に大切にしまって、僕と一緒に動いています」
--今日もメダルも一緒に来てくれて、なんだか嬉しいですね。改めてあのオリンピックで、この銅メダル、そして銀メダルを獲得された時の気持ちについて伺いたいです。終わってから期間が少し経ちましたが、どう振り返りますか?
堀島選手:
「まずはその4年間という、それまでの歩みも含めて、一区切りとしてのメダルなので、まずは安堵感があります」
五輪ならではの厳格な採点基準

--今回のオリンピックから、デュアルモーグルは新種目に採用されましたが、他の世界大会と比べて、オリンピックでの試合、舞台に臨むっていうのは気持ち的には変わりましたか?
堀島選手:
「ワールドカップ、世界選手権あったので、同じようにいくかなと思ったんですけど。その前の日に女子が行われていて、その様子を見ると、オリンピックならではの、採点の方法などが今までのワールドカップと違うと感じて、それはより完璧な方を、勝ちに上がらせていく形に採点されていたので。もう、一ミス、二ミスが、順位に差を分けてしまいます。そのような過酷な新種目でした」
--他の大会と違って、正確さがより求められるということですか。
堀島選手:
「デュアルモーグルに関しては、他のワールドカップ、世界選手権ではスピードがすごいんです。そのため、オリンピックでも、スピード速いって感じられた方いらっしゃると思うんです。ぜひワールドカップとか、世界選手権に注目してご覧いただきたいで。より攻めているところに注目して見てもらいたいですね。ただ、オリンピックは、それに正確性がみんな求めるので、よりきれいな滑りが見られると思います」
宿敵・キングスベリー選手との決勝戦

--そういうところの迫力っていうのも、比べてみると素人でもこうわかるかもしれないというところですね。ところで決勝戦で、競技が終わった瞬間に謝られるような仕草もあったのも心に残っているんですが、当時の心境は期間が少し空いて、今どうお感じですか?
堀島選手:
「決勝の瞬間は、僕はキングスベリー選手と一緒にゴールをして、同じように滑って、完璧な状態で優劣を決めるところが自分のシナリオやストーリーにもあったので、それがみんなも望んでいたんじゃないのでしょうか。それで、途中で失敗してしまったら、キングスベリー選手の勝ちとほぼ決定しているような形でした。そういう楽しみを失わせてしまった気持ちでした」
リラックスできたホテル生活と家族の支え

--イタリアでの生活は実際どうだったんですか?料理や宿舎など詳細なところもぜひ伺いたいです。
堀島選手:
「今大会は過去2大会とは大きく異なりました。選手村は作られるものだったんですけど、そこから違った状態で、ホテルが選手村になっていて、今までと違いました。レストランの中で提供されるご飯なので、ホテルのご飯がいつも出てきました。泊まるところもホテルのベッドでした。料理もビュッフェスタイルでしたね。アットホームな雰囲気だったため、オリンピックを意識しすぎずに済んだという点ではよかったです」
--緊張感も違いましたか。
堀島選手:
「生活の中でずっとオリンピックについて考えているとプレッシャーになるタイプなので助かりましたね」
--生活という言葉があったところでお聞きしますが、育児も現地でされていたという報道がありましたよね。大変じゃなかったですか?
堀島選手:
「選手村には入れないんですが、妻と子どもが住んでいるところに時間があれば行っていました。そこで一緒に交流含めてやっていましたね」
--それは堀島選手から自発的にしたんですか?それとも、奥様から来てほしいとなったのか、どちらだったんですか?
堀島選手:
「それは自分自身が思ったからです。常に遠征では妻一人で面倒みてもらっています。今回は現地から15分で行ける距離だったので、行っていましたね」


