東日本大震災から15年。宮城県気仙沼市で、愛知県出身の男性が立ち上げた「ともしびプロジェクト」のキャンドルが街を照らしました。
3月11日午後2時46分、全国で祈りが捧げられました。
宮城県気仙沼市では、キャンドルに火を灯して追悼をする様子が。
愛知県安城市出身の杉浦恵一さん(39)。
自身でたちあげたキャンドル工房には、毎年3月11日に多くの人が訪れています。
宮城県北部の沿岸部に位置する気仙沼市。15年前の東日本大震災で大きな津波に襲われ、1200人を超える犠牲者が出ました。
「がれきがあって、道路もまだちゃんとしてなくて。水とか残っているような状態だった」(杉浦さん)
震災から間もなく被災地でボランティア活動をしていた杉浦さん。
2011年の夏に気仙沼市を訪れた時のことです。
「何が不安か、何が必要か聞いて回っていた時に『忘れないでほしい』という言葉を何回も聞いた。地元の愛知の人たちが『何を支援していいかも分からない』と言っていて、『何していいか分からない人』と『忘れないでほしい』という人を何でつなげばいいのかと思い、SNS上でキャンドルナイトをやるのはどうかと始まった」(杉浦さん)
気仙沼から国内外にキャンドルを

避難所で聞いた「忘れないでほしい」の言葉をカタチにしたい――。
毎月11日、灯したキャンドルをSNSで共有する「ともしびプロジェクト」をスタートしました。
2014年に津波にのまれた建物を再建してキャンドル工房を設立。
今では3月11日に合わせて、工房で手作りした約5000本の青いキャンドルを国内外に届けています。
スタッフの中には気仙沼で被災した人も。
「震災でつらい人、つらい思いをした人、そこで止まってる人、前に進んでいる人、いろんな人の思いを灯すことで、少しずつ、小さい明かりだけど前に進んでいける明かりになったらいいな」(ともしびプロジェクト 浅野たかえさん)
「3.11」の前日。毎年、杉浦さんのもとには地元の人や県外からふらっと立ち寄ったという人までが集まります。
毎年この時期にここに来るという若者も。
「忘れないためでもあるし、思い出すためでもあるし、どうやって更新されているかをずっと見るためでもある」(東京から来た20代の大学生)
「岐阜や名古屋にいると、全員が同じ日の悲しみとか、同じつながりかとは、ちょっと違う。ここだとみな同じ悲しみがあり、だからこそつながりがあって、強さもあって素敵に思う」(岐阜から来た20代学生)
工房に400本のキャンドル

集まった人の思いは様々です。
「3.11の黙とうで泣く。必ず。1年我慢してきたが思いっきり泣くことにして、泣いたら次の来年に向けてがんばれる」(浅野さん)
そして迎えた3月11日。工房では約400本の青いキャンドルに火を灯されました。
「だんだん気仙沼で定着して、たくさん人を呼ぶようになって、『一緒にともしたい』という人が増えていくのはうれしい。忘れたい人もいるだろうし、忘れたくても忘れられない人もいるが、それでも続くプロジェクトを目指している」(杉浦さん)


