
豚ホルモンではない“とんちゃん”とは…昭和51年創業の老舗食堂 80歳女性店主が守り続ける夫と築いた味


岐阜県下呂市の食堂「としちゃん」の名物は、豚バラ肉を秘伝のタレに漬け込み、卵と一緒に味わう「とんちゃん」です。地元はもちろん遠方からも常連が訪れ、80歳の店主が守り続ける味は今も人々を魅了しています。
■名物は鉄板でアツアツ提供される“とんちゃん”
昭和51年創業の老舗食堂「としちゃん」は、店主・今井ユミ子さん(80)が料理を作っています。

アツアツの鉄板で提供される名物「とんちゃん」は、野菜やうどんがたっぷりで、名古屋のとんちゃんとはまた一味違ったスタイル。しかも使う肉は、豚のホルモンではありません。 ユミ子さん: 「豚バラです。始めにつけた名前が『とんちゃん』なので、ずっと『とんちゃん』で通しています」 下呂市北部では豚バラ肉を使う店も多いといいます。

客: 「ホルモンだと思っていました。おいしいです」 別の客: 「ドライブで来る時は必ず寄ります」 「としちゃん」の営業は朝7時から。朝から食べる人もいるという名物・豚バラ肉の「とんちゃん定食」(1050円)は、生卵につけていただきます。

客: 「おいしかった。すき焼き風です」 別の客: 「おいしい。ちょうどいい感じの味加減」 うどんと生卵が最初からセットになっているのも人気で、ご飯はおかわり無料です。
■豚バラ肉をタレに漬け込み野菜とうどんで仕上げる
創業から50年、変わらぬ味を守り続ける「としちゃん」。特別に仕込みの様子を見せてもらいました。まずは肉を漬け込むタレ作りから。みりんにしょうゆを加えます。 ユミ子さん: 「薄口と濃い口をブレンド。この粉は店の秘密です」 そこへ大量の一味唐辛子と上白糖、さらに白味噌と赤味噌を合わせた味噌を加えます。

ユミ子さん: 「ニンニクです。1キロあるけど全部入れます」 ニンニクと酒を加え、しっかりかくはんすれば完成。これで豚肉20キロ分、およそ150食分のタレになります。一昼夜寝かせて味をなじませます。肉は、上質な豚バラ肉。薄切りにして秘伝のタレをからめ、さらに一晩寝かせて仕込み完了です。 ユミ子さん: 「だいたい肉2キロにタレが4杯。肉20キロだからこれを10回繰り返す」

注文が入ると、寝かせた肉を炒め、タマネギやキャベツを投入。好みでピーマンやニンジンを加えることもできます。仕上げに硬めにゆでたうどんを合わせ、アツアツの鉄板に盛り付ければ「とんちゃん」の完成。 客席のガスコンロで熱々のまま食べられる「とんちゃん」は、唐辛子とニンニクをたっぷり使いながらも、生卵につけて食べることでまろやかに。創業以来50年、変わらぬ味が楽しめます。

さらに、自宅でも味わえる「とんちゃん肉持ち帰り」(1人前350円・要予約)も人気です。メニューには「けいちゃん定食」や鍋物、カレー、麺類など20種類以上ありますが、ほとんどの客が注文するのは「とんちゃん」です。
■夫を亡くしても…暖簾を守り続けた店主の戦い
半世紀続く大衆食堂「としちゃん」。その歴史を語るうえで欠かせないのが、店名の由来となったユミ子さんの夫・敏彦さんの存在です。 ユミ子さん: 「人間ドック行ったらガンが見つかって」

平成25年、敏彦さんは65歳で亡くなりました。下呂で生まれ育ち、若い頃は名古屋で居酒屋を開業した和食の料理人。25歳でユミ子さんと結婚し、2人で店を切り盛りしていました。転機が訪れたのは昭和52年。 ユミ子さん: 「じいちゃんが『下呂へ帰ってこんか?』と。昭和52年7月に帰ってきました」 敏彦さんの父が息子夫婦の将来を思い、空き店舗を購入。「とんちゃん」を看板に掲げ、下呂で新たに店を開きました。しかし敏彦さんは、和食一筋で包丁を握り続けてきた料理人。 ユミ子さん: 「刺身切ったりしていたから、最初はフライパンを握ることに抵抗あったみたい。親子でケンカもしたみたいですけど」

次第に敏彦さんが店に立つことは減り、釣りに打ち込んだり、地元の少年野球やバスケットチームの支援に力を注ぐように。そんな中、店を守り続けてきたのはユミ子さんでした。 ベテランスタッフの女性: 「99.9999%が奥さん」 ユミ子さん: 「(敏彦さんは)外面がいい、みんなには好かれていましたよ」 情に厚く、頑張る人を支えることを惜しまなかった敏彦さん。2011年の東日本大震災の際には、ユミ子さんが仕込んだ「とんちゃん」を持って現地に赴き、炊き出しを行いました。

しかしその2年後、敏彦さんは他界。食堂は店の主を失いましたが、ユミ子さんは「店を畳もうとは思わなかった」と語ります。
■「おいしいので残していきたい」…長男の妻が後継者に
夫を亡くした後も、ひとりで暖簾を守り続けて12年。80歳になったユミ子さんですが、これからは心強い存在が加わりました。 ユミ子さん: 「嫁が会社を辞めてきてくれたから、受け継いでやってもらえればありがたい」 下呂市役所で働いていた長男の妻・栄子さん(52)が、2025年4月に退職し、店を手伝ってくれています。 栄子さん: 「前から忙しい時は手伝っていた。お肉がおいしいので残していきたいという思いがありました」

夫婦で長年築き上げてきた店を守り抜けたのは、通い続けてくれるお客さんがいたからだとユミ子さんは語ります。 ユミ子さん: 「『この味が忘れられない』と来てもらえるのがありがたい。お嫁さんが手伝ってくれているので」 そして最後に、力強く一言。 ユミ子さん: 「この味は、守られると思います」 夫婦で築いた味は、家族の手によって未来へとつながっていきます。 2025年9月22日放送