
大学入試の“女子枠”に「一定の効果あり」 30年続ける名古屋工業大の理事が検証、残る課題は

全国の大学の入試に「女子枠」が広がっています。主に理工系の女子学生を増やすことがねらいです。
30年を超える実績がある名古屋工業大学の理事が、女子枠に「一定の効果がある」という検証結果を発表しました。一方で、まだ残る課題とは。

大手予備校の河合塾によると、2025年度に全国で30の国公立大学が学校推薦型選抜や総合型選抜に「女子枠」を設けました。
2026年度からは少なくとも36国公立大学に増え、京都大学と大阪大学の理系学部でも始まる予定です。
全国で最も早い時期から「女子枠」をつくった国立大学の一つが、名古屋工業大学(名古屋市昭和区)です。
名古屋工業大学は、約120年の歴史をもつ工科系単科大学。自動車をはじめとする東海地方のものづくり産業を支える技術者らを多く輩出してきました。
著名な出身者には「トヨタ生産方式」の生みの親といわれる大野耐一さんや、作家の城山三郎さん、ロックバンド「L'Arc〜en〜Ciel」のkenさんらがいます。
かつて「女子ゼロ」の年も

名古屋工業大学が、機械工学科(現在は電気・機械工学科)の推薦入試に女子枠を設けたのは、31年前の1994年度からです。
当時の機械工学科は、入学定員160人のうち女子は多くて2人。ゼロの年もありました。
1986年に男女雇用機会均等法が施行されてから、製造業の人事担当者から「機械の設計や開発をする女性技術者がいなくて困る」という声が、就職担当の教員に寄せられていたといいます。
大学はこうしたニーズに応えるため、入学定員160人のうち10人について、女子を対象とする推薦入試で選ぶことを決めました。
これを機に、大学の設備も更新しました。
当時の機械工学科の建物は、男子トイレは各階にあったのに、女子トイレは1カ所だけ。実習をする建物には更衣室もありませんでした。
このため、女子トイレや更衣室を新たに設置。現在の機械工学科がある建物は、すべての階に男女のトイレが設置されています。
現在は電気・機械工学科の入学定員200人のうち、大学入学共通テストを課さない「学校推薦型」で15人の女子枠があります。
電気・機械工学科のほかにも、物理工学科・情報工学科・社会工学科(環境都市分野)で2024年度から3~5人の女子枠を設けています。
一般入試で入る女子が増えた

名古屋工業大学の女子枠に、どんな効果があったのでしょうか。
井門康司理事(62)が、これまでのデータを分析しました。
一つの大きな効果は、一般入試で入学する女子が増えたことです。
女子枠を始める直前の4年間、機械工学科に入学する女子は年0~2人でした。
それが、女子枠が始まった1994年度には一般入試で5人の女子が入学しました。
2001年度と2004年度は一般入試で入った女子がゼロでしたが、それ以外の年は、一般入試で女子が入っています。
大学全体の女子学生もこの30年で増えています。
2025年度は、入学者に占める女子の割合が初めて20%を超えました。
女子枠で入った学生の成績は…

井門理事は、推薦で入った女子学生と、他の学生との成績も比較しました。
2011~2019年度、機械工学科(電子・機械工学科)に入学した学生の4年間の成績(GPA)の平均値を調べたところ、女子枠で入った学生は、前期日程で入学した男女の学生にひけを取っていませんでした。
女子枠の学生の平均値が低い年もありましたが、井門理事は「女子枠の学生は少ないので、極端に成績不振の学生がいた時に影響を受けやすいためではないか」とみています。
男性への逆差別?

女子だけの合格枠を設けることについて、「男性への逆差別」という声もあります。
名古屋工業大学でも、女子枠を始める時に反対意見がありました。
井門理事は女子枠について、「環境を変えるため、一時的に必要な制度」といいます。
「同じ工学部でも、化学系や建築系は女子が比較的多いんです。化学なら化粧品、建築ならデザインのように、身近なイメージがわきやすいからでしょう。でも機械は『つなぎの作業服』『機械油』といったステレオタイプがあり、保護者から『女の子なら文系がいいのでは』と言われるなど、『男性のもの』という社会的なバイアスがあります。これこそが一種の差別であり、女子枠はこれを相殺するためなのです」
井門理事は、こうも考えています。
「新しいものを生み出すには、様々な価値観や考え方が相互作用を起こすことが必要です。海外の大学では、機械工学を学ぶ女性はこんなに少なくありません。このままでは海外との競争にも勝てなくなってしまいます」
全国の大学に女子枠が広がる背景には、国の後押しもあります。
文部科学省は、大学入試の基本方針に「多様な入試方法を工夫することが望ましい」としています。その一つに「多様な背景を持った者を対象とする選抜」があり、例として「理工系分野における女子など」が挙げられています。
井門理事は、こうした流れに心強さを感じています。
「一つの大学だけでは限界があるけれど、多くの大学が取り入れることで、大きな社会的インパクトになります。『女子枠』が必要でなくなるのに、それほど長い時間はかからないのではないかと期待しています」
女子枠で入った学生「充実している」
名古屋工業大学に女子枠で入学した学生(22)にも話を聞きました。
愛知県内の高校から2022年に入学し、来春に卒業したらメーカーに就職する予定です。
父が工学部出身で、小さいころからモノ作りに親しんでいたといいます。
名古屋工業大には「男性ばかり」というイメージがあったそうですが、オープンキャンパスで会った女子学生から聞いた学生生活の様子に魅力を感じ、進路の選択肢になったそうです。
「不安はあったけれど、入ってみたら性別の関係なく友達ができたし、課外活動を通して様々な経験を積むことができました」
「女子枠」について、こう話します。
「この大学が女性の技術者を必要としているんだ、私も必要とされる存在になりたいと思えるきっかけでした。一時は『男ばかり』と名古屋工業大学を進路から外しかけたけれど、多くの学びを通して成長することができ、充実した大学生活を送っています。いまの女子高校生や中学生にも、『女性が少ない』ということで進路を狭めないでと言いたいです」
機械工学の分野では、ロボットの研究が盛んになっています。
近年、女子枠に応募する生徒は「介護ロボットや災害救助のロボットを開発したい」という動機も多いそうです。
「女性の進出はまだまだ」

今後の課題として井門理事が挙げたのは、大学院への進学です。
名古屋工業大学で、修士課程に進学する男子学生は約80%にのぼります。
女子学生も70%近いのですが、女子枠の学生に限れば40%ほどにとどまります。
さらに博士課程で学ぶ女子学生の多くは留学生だといい、「海外との差を感じさせられる」と話します。
工学系の大学教員はいまも男性が圧倒的に多く、女性の進出が遅れている職場だといいます。
井門理事は「ロールモデルとなる女性研究者がまだ少ないことが大きな要因ではないか」とみています。
名古屋工業大学は、女子高校生向けに、社会で活躍するOGや女子学生と触れ合えるイベントを開いています。
また、「文系・理系に分かれる前から理系に興味を持ってもらいたい」と、小中学生向けに実験の体験会を開くなどしています。
(メ~テレ 山吉健太郎)