
地球の裏側で木を植え続けて30年 先住民が“家族”と呼ぶ日本人の挑戦 「植える文化を人の心に植えていきたい」

日本からはるか1万6000キロの場所にあるブラジル・アマゾンの玄関口。足を踏み入れた先にあったのは、世界最大の熱帯雨林でした。
世界各国が集まり気候変動を話し合うこの国に、人生をかけて木を植え続ける日本人がいます。
森が切り開かれ、失われ続けている現実。そして、家族を襲ったある事件…。
それでも「人間としての勝負。諦めようと思ったことはない」といい、ひたむきに木を植え続けています。その先にある未来とは…?
地球の裏側で世界的な危機 救世主は日本人

アマゾン最大の都市・マナウスは、アマゾンの玄関口と呼ばれ、「都市」と「森」とが隣り合う街。名古屋と同じ規模の220万人が暮らし、いまも人口の増加が続いています。

そこで家族とともに暮らすのは、東京都出身の田中晃さん。田中さんは1991年、語学留学でブラジルに滞在中、アマゾンの環境問題に関心を持ち、移住を決意しました。
それから30年あまり。先住民との交流を重ね、いまでは家族のような存在と言われるほどに。

そんな田中さんと一緒に、11家族、48人が暮らす先住民カンベバの集落を訪れました。
先住民といえば、自給自足のイメージがありますが、集落の人たちが手にしていたのは、なんとスマホ。いまや当たり前に使いこなす時代です。

その一方で、集落の周囲に広がるのは、地平線までつながるアマゾンの森。
先住民カンベバの長 ウルマさん(45):
「森は私たちの母のような存在です。自然と一緒に生きていると言ってもいいでしょう」

田中さんが、この地で先住民と出合ったのは14年前。ここに植えた苗が、いまでは15メートルにまで成長しました。
田中さんはアマゾンの各地を訪ね、木を植える活動をしています。この集落には、当時135本の苗を運び、子どもたちと一緒に植え付けの作業をしました。植えたのは、果物や木材になる木。大きく育てば、集落で消費したり売ったりすることができます。
先住民カンベバの長 ウルマさん(45):
「すごくよかったよ。自分たちがここにいる価値を証明することにもなったんだ」
それ以来、彼らに根付いた植林の文化。いまではコーヒーやアセロラも植えています。
先住民に、未来のために木を植える習慣を根付かせたいと考える田中さん。それは、彼らが暮らす森を守ることにもつながります。

しかし、この森がいま、火災によって失われ続けています。2024年はアマゾン全体で、14万件の火災が発生するなど、深刻な事態になっているのです。
<アマゾンで発生した火災件数>
2023年: 9万8639件
2024年: 14万346件
2025年(11/10時点): 3万1070件

先住民カンベバの長 ウルマさん(45):
「最近はすごく乾燥しています。去年は火事を消すために21日間闘いました」
開発などでも広大な森が失われ、二酸化炭素の吸収源が減少。それは世界的な気候変動にも影響し、日本も他人事ではありません。
国立環境研究所や東京大学などの研究グループによると、このまま地球温暖化が進んだ場合、今世紀中からアマゾンの熱帯雨林が枯れ始め、2300年には広範囲に広がる可能性も指摘されています。
森に眠る"価値ある種"を追い求めて…

1本でも多くの木を植え、森を守ろうと活動する田中さん。向かったのは、人の手がほとんど入っていない森の中。そこには…
マナウス在住 田中晃さん(56):
「何もないように見えますけど、価値のあるものが天然の状態でありますので」

広大なアマゾンの森で見つけたのは、3つの羽根がついた種。荒廃地での植林に有効な植物の種です。
こうした種や苗を追い求め、日々森に入っているといいます。
そんなアマゾンの森が育むのは、種から生まれる、新たな命。
マナウス在住 田中晃さん(56):
「この熱帯地域で余っている土地、何もない土地というのはもったいない。もっとどんどん植えて、植える文化を人の心に植えていきたいというのが最終的な目的です」
最愛の妻襲った壮絶な“事件” それでもアマゾン残る理由

田中さんの朝は、高校1年生の弘樹さんと、妻の貴美子さんと一緒に過ごす時間から始まります。食卓に並ぶのは、貴美子さんが家族の健康を気遣って作った朝食。
マナウス在住 田中晃さん(56):
「(妻は)いつもご飯はバランスとらなきゃだめだよと。ギリギリまで時間をかけて。そこまでやらないでいいよと言うけど毎日」

部屋には貴美子さんのピアノが置かれていました。ブラジルの市民パレードで伴奏したこともあるといいます。
妻 貴美子さん:
「たまに弾きます、歌を歌うときに。手が不自由なので」

実は15年前、ある事件が起こりました。貴美子さんは生後9か月だった弘樹くんと自宅にいたところを、強盗にナタで襲われたのです。
マナウス在住 田中晃さん(56):
「(2010年)11月に強盗に入られて、手をやられたんです。右手は全部切られてしまって、骨一本だけ残って。すっ飛んで帰って来たら、血の海になっていて」
まだ弘樹くんが小さかったので追い払わなければと思い、熊手を持って出て行ったところ、襲われてしまったのです。
足の骨を移植するなど6回の手術を繰り返しましたが、右手の握力は戻りませんでした。
妻 貴美子さん:
「死ななかったのは意味があると思って。息子もすごく小さかった、赤ちゃんだったから。私も死にたくないという思いが強かった。子どもによって生かされたかなと思います」

日本で手術をするために帰国。癒えることのない怖さがあるなか、それでもブラジルに戻った理由は…
妻 貴美子さん:
「この人にしかできない使命があると思うんですね。事件があったから別居して住む、そういう選択もあったと思うんですけど、ブラジルでしないといけない使命があるんだったら、やっぱり一緒に行くということですよね。怖いことはありますけど」
アマゾンで奮闘30年 “未来”を植え続ける思い

貴美子さんのサポートも受けながら、活動を続ける田中さん。そこには、30年に渡り森と歩んだ揺るぎない決意がありました。
マナウス在住 田中晃さん(56):
「私たちの活動がないと、アマゾンの将来は危ういなというぐらい責任感を持っています。いる間は、それをすることが人生の目的というか、それは何ですかね、一番こちらで生きる意味としてやっています」

長年、森を守る活動を続けたことで、企業から声がかかるようになりました。この日訪ねたのは、埼玉に本社を構える工場。バイクに使われる部品を製造しています。
田中さんが育てた約200本の苗を2年前に植樹。脱炭素が注目されるにつれ、森の中だけではなく企業や地域などで植樹する機会が増えていました。
リークレス・ド・ブラジル 藤井ホドリゴ社長:
「地球の裏から来てね、うちの地域まで守ってくれているというのが、もうすごい。森を守る精神があるだけでも、私はすごいと思います。なかなか現地の人にもない精神なので、これは本当に、私は認めるべきことだと思います」
11月10日、世界各国が気候変動の対策について話し合うCOP30がブラジルで開幕しました。
しかし、アメリカは欠席し、トランプ大統領は地球温暖化を"詐欺"と発言するなど、足並みの乱れも見えるなか、いまもアマゾンで続く森林の伐採。経済発展のしわ寄せは、広大な森林を着実に減らし続けています。

アマゾンの森が生み出す美しい光景を未来に残すため、各地を訪れ木を植える田中さん。
11月1日には、アマゾナス州立フレイマリオモナチェーリ校で、地元の物流会社が主催した植樹イベントが行われました。苗を揃えたのは田中さんです。
開発のために伐採された森を再生するため、会社の従業員と家族が参加し、苗を植えます。人の手で植えた新たな命、成長を願う瞬間でもあります。
マナウス在住 田中晃さん(56):
「植えることは大事で価値があって、みんなや自分のためになる。“どうしたらいいのか”ということを支えていきたいです」
例え時間がかかっても1本ずつ木を植え、森を守る、田中さんの思い…。大地に根を張り、人々の心にも着実に根付き始めています。





