
南海トラフ巨大地震の発生確率を改訂 専門用語を極力使わないで読み解き【暮らしの防災】

9月26日、国の地震調査委員会は南海トラフ巨大地震の30年以内の発生確率を改訂しました。これまで「80%程度」としていましたが、「60%から90%程度以上」と「20%から50%」の2つになりました。それ以降、メディアで報じられ解説されていますが、ちょっとわかりにくいですよね。これは正確に伝えるために「資料にある専門用語」を引用しながら書いていることにもよります。もしかしたら専門用語が少し理解を妨げているかもしれません。そこで発表から約3週間、メディアでの報道がひと段落したところで、このコラムでは、前半では「専門用語を極力使わないで」、皆さんと一緒に考えます。
結論 「計算方法」と「計算に使うデータ」を見直した結果です

以前の確率、改訂された確率、いずれも高い数値です。ですから私たちは正しく恐れ、対策を進めていけばいいと考えます。危機が迫っているのは事実です。それがいつ来るのかは分かりません。国、都道府県、市町村、企業、地域社会、家庭、個人レベルで、できることから備える必要があります。お金がたくさんかかります。そこで国は、毎年、少しずつ計画的にお金を使って準備を進めてほしいとして、そのスケジュールの目安にと国は発生確率を発表しているんです。
なぜ改訂したのかと言うと、「新しいノウハウとデータを取り入れたから」です。以下、箇条書きでまとめてみました。
・発生確率の改訂は、計算方法・根拠データを見直したことによる
・これまで計算方法は、かなり前に作られたものでデータも当時の精度のものだった
・まず、そのデータを見直して(バージョンアップ)計算し直した
・一般的な活断層の確率計算で使っている計算方法でも南海トラフの確率を計算した
・これまでの計算結果と新しい計算結果は科学的に優劣つけられないので結果を併記
となります。つまり、新たな知見、新たなデータを取り入れて、「最新版にバージョンアップ」しました。今回の改訂の発表で驚かれた方もいらっしゃるかと思いますが、南海トラフの状態はいままで通りです。今回は、ここまで読んでいただければOKです。
以下、これでは物足りない方への専門用語を交えての少し詳しい説明です。(それでも専門用語をできるだけ使わないようにします。)
時間予測モデル

これまで南海トラフでの地震発生確率の計算(評価といいます)には、「時間予測モデル」を使ってきました。これは「大きな地震の後では次の地震までの間隔が長く、小さな地震の後では間隔が短い」という理論です。つまり発生した地震の調査結果から、次に起きる地震の時間を予測するものです。次に起きる地震の大きさも予測します。
実はこのモデルを使っているのは「南海トラフ」だけで、過去の地震データから作られたのが図です。右肩上がりの一直線をみると「そろそろかな?」となりますよね。
高知県室戸市室津港

南海トラフ巨大地震の評価計算の根拠の一つにしていたのは、高知県室戸市・室津港の地殻変動のデータです。ここの湾口部の海底は過去の地震のたびに隆起したという記録が江戸時代から残っています。その記録をもとに前項のグラフが作られました。しかし、古文書のデータの正確さに、疑問の声があがりました。そこで、国は計算に使う隆起量のデータについてこれらの意見を考慮しました。
<BPTモデル>
今回は、ほかの活断層の評価で使われている「BPTモデル」も採用しました。このモデルの説明は、今回はしません(すごく難しいので)。一つ言えるのは、南海トラフを他の活断層で使っているモデルを使って評価したということです。
そして、「時間予測モデル」と 「BPTモデル」を融合した新たなモデル「すべり量依存 BPT モデル」を採用して地震発生確率計算を行いました。
新たな知見、見直した新たなデータで、発生確率を改訂したわけです。
発生確率は「60%から90%程度以上」と幅のある数字に

この「すべり量依存 BPT モデル」で計算した今後30年以内の地震発生確率は60%~90%程度以上になりました。
また、他地域の海溝型地震で使われている、発生間隔のみを用いた 「BPT 分布」で計算したところ、今後30年以内の地震発生確率は 20%~50%(2025 年1月1日時点、図参照)となりました。
これら2つのモデルによる確率は科学的にどちらが良いのかは優劣つけられないとして、2つの発生確率の併記で発表したのです。
そして、地震調査委員会は、国や地方公共団体等が、防災対策を推進するにあたって、住民等に対して、最も高いランクを示し、「疑わしいときは行動せよ」等の考え方に基づいて、2つの計算方法の中でも、より高い方の確率値(今後30年以内で60%~90%程度以上)を強調して発表したとしています。
以上です。南海トラフ巨大地震はいつか必ず来ます。みなさん正しく恐れてシッカリと備えましょう。
参考資料:
南海トラフの地震活動の長期評価(第二版一部改訂)について
令和7年9月26日 地震調査研究推進本部 地震調査委員会
地震調査研究推進本部 用語解説2013年7月「時間予測モデル」
地震調査研究推進本部調査委員会 長期評価部会海溝型分科会 議事録 など
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被災地取材やNPO研究員の立場などから学んだ防災の知識や知恵を、コラム形式でつづります。
■五十嵐 信裕
東京都出身。1990年メ~テレ入社、東日本大震災では被災地でANN現地デスクを経験。報道局防災担当部長や防災特番『池上彰と考える!巨大自然災害から命を守れ』プロデューサーなどを経て、現ニュースデスク。防災関係のNPOの特別研究員や愛知県防災減災カレッジのメディア講座講師も務め、防災・減災報道のあり方について取材と発信を続ける。日本災害情報学会・会員 防災士。