「公邸料理人」が宝の持ち腐れ 大使公邸でパーティー激減 外交の最前線で起きている「深刻な劣化」
在外公館長の公邸で、現地の要人たちを招いて開かれるパーティーや会食。人間関係を築くための、いわば潤滑油となるのが料理だ。腕をふるうのは「公邸料理人」。ところが現役の公邸料理人を独自取材すると、信じられない言葉が飛び出した。
食の外交官「公邸料理人」が宝の持ち腐れ?
ベトナム中部の都市、ダナン。ビジネスだけでなく、観光地としても人気のこの地で、現役の公邸料理人として働いているのが伊藤真吾さんだ。
伊藤真吾さん:
「普通のレストランやホテルではなかなかできない特別なシチュエーションでホスピタリティを提供できる。公邸料理人でしか得られない経験」
職場は総領事夫妻が暮らす公邸。週に1、2回、応接間を模様替えし、要人を招いたパーティーが開かれる。その準備からコース料理まで伊藤さん1人が担っている。
伊藤さんが得意とするのは西洋料理。そこには公邸料理人としてのこだわりが詰まっている。
伊藤真吾さん:
「よく“食の外交官”と呼ばれたりするが、諸外国のゲストの方には必ずコースの中に日本を感じるような盛り付けをする。デザートでよくやるが、わび・さび、風情を感じてもらえるような仕様にしている」
伊藤さんは日本外交の一助を担っているとの信念で働いている。ところが取材を進めると、驚きの言葉が飛び出した。
伊藤真吾さん:
「公邸料理人の界隈や過去にご一緒させていただいた方々の話を伺うと、公邸料理人をいわば“宝の持ち腐れ”にようにしてしまっているところがある」
宝の持ち腐れとはどういうことなのか?
公邸料理人が大使夫妻のためだけに料理するケースも?
テレビ愛知の「激論!コロシアム」に出演した前駐オーストラリア特命全権大使の山上信吾氏は「要人をもてなすパーティーや会食が激減しているからだ」と指摘する。
公邸でのパーティーや会食がなぜ重要なのか?
前駐オーストラリア特命全権大使 山上信吾氏:
「情報収集の一環としてとても重要だ。相手のオフィスに行って情報下さいと言って得られるような甘い話じゃない。信頼関係を築くには大使なり総領事が公邸に呼んで、和食でおもてなしして、お酒も飲んでもらって、楽しんでもらって、打ち解けて初めて他では聞けないような情報が手に入る」
日本外交にとって公邸料理人は「宝」ともいえる存在であるはずなのに、中には大使夫妻のためだけに毎日料理を作るケースもあるという。
山上信吾氏:
「要人を公邸に招くエネルギーを外交官が失っている。手間暇を厭わずしっかりやっても、どうせ東京の本省は評価していないだろう、という冷めた受け止め方がある」
人事評価に反映されないことも、公邸料理人を宝の持ち腐れにしている一因だという。
「情報電」も激減 もはや外交官ではなく“内交官”
人脈構築ができなければ貴重な情報も手に入らない。その結果、激減しているのが「情報電」だという。
「情報電」とは、例えばロシアがいつウクライナに侵攻しそうだとか、そういう貴重な話を電報にして東京の外務本省に送る情報のこと。内々に聞く話なので「内話電(ないわでん)」ともいう。いわば日本外交の大動脈が劣化しているというのだ。
山上信吾氏:
「キャンベラの大使館でランチは現地の人と食べるかと思ったら、大方の外交官は、部屋にこもってサンドイッチを食べながら仕事をする。外に出て人間関係を作って情報収集してという、かつての基本動作がものすごく弱くなっている。もはや外交官ではなく内交官だ」
情報にこそ価値がありと、なぜ考えなくなったのか?
山上信吾氏:
「東京にずっといてエリート街道まっしぐらの人が、在外公館を経験する機会がどんどんなくなっている。在外をやらなくても事務次官になれる。次官が大使の仕事のことを知らないからだ」
在外公館(外国にある日本大使館、総領事館、政府代表部)は現在、世界各地にあわせて233カ所ある。世界中に張り巡らした「情報収集のネットワーク」が機能しないで、どうして「したたかな外交」ができるのだろうか。