
“加害の歴史”と向き合い続けるドイツの教育 それでも起こる不穏な動き… ホロコースト生存者からのメッセージ「歴史の傍観者にならないで」 #戦争の記憶

■“加害の歴史”を残すべきか 揺れる長崎原爆資料館
長崎市にある原爆資料館。7万人以上の命を奪った原爆の悲劇を伝えるこの場所には、今も多くの人が訪れています。
そんな資料館の一角にあったのは、アジア各国で日本がかつて行った加害の歴史を示す展示。この展示をめぐり、ある議論が起こっています。
現在、長崎市は資料館のリニューアルを計画しているのですが、その中で、この加害の歴史の展示を残すべきか無くすべきかで、意見が分かれているのです。
被爆二世で全国被爆二世団体連絡協議会の所長を務める平野伸人さんは、展示を残すべきだと話します。
平野伸人さん:
「なぜ原爆が落とされたのか、なぜ核兵器が使われたかという歴史をなしにして、突然、空から(原爆が)降ってきたような展示をすると、人々の誤解を招くと思う。色々な角度から原爆を見ていかないといけない。加害の歴史の検証はその一つだと私は思います」
一方で、有志の市民団体「長崎の原爆展示をただす市民の会」の代表を務める渡邊さんは、原爆の悲劇を伝える場所にはそぐわないとして撤去を求めます。
渡邊正光代表:
「被害の状況は事実ですから、展示を残すべきだと思います。かといって、被害について考えるために、日本の戦争加害を考えなければならないというのは、私は論理がおかしいと思っています。長崎原爆資料館に不適切。一日も早く撤去してほしいと思っています」
戦後80年を迎え、私たちは加害の歴史とどのように向き合えばいいのでしょうか。
■600万人のユダヤ人を虐殺… 過去の過ちと向き合う国 ドイツ

過去の大きな過ちと向き合う国があります。それはドイツです。
第一次世界大戦後、ドイツは、経済不況に陥っていました。ナチスは、生活が苦しいのはユダヤ人のせいだなどと、プロパガンダを駆使してユダヤ人をドイツの敵に仕立て上げました。アウシュビッツをはじめとした各地の強制収容所に連行。そして、人類史上最悪ともいわれる約600万人のユダヤ人の虐殺が行われました。
■犠牲となったユダヤ人に思いをはせる“つまずきの石”

石畳の広がるドイツの街並み。そのところどころに、ある“石”が埋められています。これは「つまずきの石」と呼ばれ殺されたユダヤ人などが暮らした場所に埋められています。石を目にして足を止め、思いをはせてほしいとの願いが込められ、その数は11万個以上にものぼります。道行くドイツの人たちに、これは何か聞いてみると、「ユダヤ人を強制移送したことを記憶するための石」「2度と過ちを繰り返さないために記憶を残すためのもの」などと、ドイツの人にとっては当たり前の存在であることが分かります。
■戦争孤児として生きてきたユダヤ人男性・ガーションさん ドイツにある父の母校を訪れる

ドイツ中部のバート・ヴィルドゥンゲン。温泉が湧き出る療養地でもある、のどかなこの町にもつまずきの石があります。そのうちの一つに刻まれていたのはユダヤ人男性、グイド・ウィリンガーの名前。彼はナチスによって34歳の若さで殺されたことがわかっています。
このグイドさんはかつてデュッセルドルフの学校に通っていました。その学校を取材で訪れた4月のある日、生徒たちは「ある人」が来るのを待っていました。
生徒たちの元にやってきたのは、グイドさんの息子、ガーション・ウィリンガーさん、82歳。生徒たちと会うために、はるばるカナダからやってきたのです。ガーションさんは両親をはじめ、多くの親族をナチスに殺害され戦争孤児として生きてきました。
■ドイツ人の生徒たちから渡されたのはガーションさんの“家族の歴史”

生徒たちがガーションさんを案内したのは、学校の地下にある資料室。そこには、父・グイドさんの学生カードや当時の成績表もありました。父の成績表を見て、ガーションさんは「スポーツの成績は良かったみたいだけど勉強は…うーんって感じだったみたいだね」と笑って話しました。

生徒たちは、ガーションさんにある本を渡しました。それは、ガーションさんの家族の歴史をまとめた本。2年間を費やし生徒たちが自ら調べました。ユダヤ人1人1人の命がいかにして奪われたのか知るためです。
本の中には、迫害を受ける前、笑顔で映る家族写真がある一方で、ユダヤ人を監視するために作られた書類も。そこには父・グイドさんが強制移送された日付も書かれていました。
生徒たちは、膨大な資料を調べ、100ページを超える本を完成させました。
戦争孤児として生きてきたガーションさんには、家族の記憶がほとんどなく、本を通して初めて知ったことも多くあったといいます。
ガーションさん:
「生徒たちが調べてくれたことで家族について知ることができた。とても嬉しいよ」
■“加害の歴史”と向き合うドイツの教育

ドイツの学校ではナチスの歴史をどのように教えているのでしょうか。授業の様子を取材することができました。

取材に訪れたこの日、先生が生徒たちに見せたのは、1枚の写真。そこにはナチスに連行されるユダヤ人の列が写っていました。周りには見物するドイツ人の姿もあります。
ここからどのような授業が繰り広げられるのでしょうか。(以下、授業のやり取りをそのまま記載します)
ブスマン先生:
「ここに映っている人全員に責任があると思う?」
生徒A:
「ほとんどの人には責任はないんじゃないかな。中には強制連行に反対したり、政府の中にも反対の立場の人もいたりしたはず。でも彼らはどうしようもなかったんだと思う」
生徒B:
「僕は見ていただけの人も加害者だと思う。だってそこで何が起きていたかみんな分かっていたんだ。ユダヤ人たちが連れていかれているのに何もしなかった」

次に先生が見せたのは、ユダヤ人の所有物が競売にかけられている様子を写した写真。
先生:
「この写真についてどう思う?」
生徒C:
「左の後ろの方にいる人はとても喜んでいるように見える。競売でものを競り落としたのか分からないけど、いずれにしても彼はとても喜んでいると思う」
先生:
「たしかに買い物に来ている人は喜んでいるね。何人か子どもも映ってる。この場にいる人の責任についてはどう思う?」
生徒D:
「みんな共犯者だと思う。彼らはナチスが作り上げたシステムの中で恩恵を受けているのよ」
授業を受けた生徒に話を聞いてみると…
生徒:
「写真を見ることで、本当にあったことなんだとリアルに感じられました」
生徒:
「ナチスが何をしたのかを学んで、教訓を得ることで、今の社会で起きていることに意見することができる。過ちを繰り返さないためにも過去を学ぶことは大切だと思います」

授業を行ったブスマン先生に、加害の歴史を教える意義について聞きました。
ブスマン先生:
「どうしてドイツで加害の歴史を学ぶことが必要かというと、過去の事実を知らずして、自分たちの国に誇りを持つことはできないからです。
ひょっとしたら過去を知らないまま誇りを持てるかもしれないが、果たしてそれでいいのでしょうか。
色々な面から歴史の事実を見なくてはいけないと思います。過去を学ぶことで、若い世代に対して何が正しくて何が間違っているか示すことができるのです」
国民の責任にも目を向けて、過ちを二度と繰り返さないよう“加害の歴史”と向き合い続けるドイツの教育がそこにはありました。
■ドイツに影を落とす“不穏な動き”「移民を追い出せ!」

しかし、いまドイツの社会では不穏な動きがあります。
5月1日、ドイツ西部の都市・ゲルゼンキルヘンでは警察官が集まり物々しい雰囲気となっていました。移民排斥などを訴える団体のデモが行われていたのです。彼らは、「景気が悪いのは移民たちが仕事を奪っているからだ」などと主張しています。デモ行進の最中には「仕事!自由!移民を追い出せ!」という掛け声も上がります。
デモ行進は、街の中で移民が特に多いエリアでも繰り広げられました。移民の家族にデモについてどう思うか話を聞いてみると、「もちろん心配だよ。子供はまだ小さいし。デモに参加するような人たちは何をしでかすか分からないからね」と不安そうに語ります。
また、ドイツ系の住民は「移民が多い所でデモをするなんてひどい。でも残念ながらこれが今のドイツです…」とため息交じりに話しました。

デモの参加者に、加害の歴史を重視するドイツの教育について聞いてみると「ドイツの歴史はナチスが政権を取っていた12年間だけではないんだ。その前にも長い歴史があった。」と、ナチス時代を特に重点的に教えるドイツの教育に不快感を示していました。
このような移民排斥を訴えるようなデモの規模は拡大していて、市民のなかには、「ナチスの記憶がよぎる」と暗い表情をして話す人もいました。

さらに、いまドイツでは目を覆いたくなるような出来事も。「つまずきの石」が黒く塗られるということも起きているのです。さらにはヒトラーへの忠誠を誓う“88”の数字が書かれたものも。こうした悪質な行為が度々行われているといいます。
■ガーションさん 祖母のつまずきの石へ「おばあちゃんにとって私はいい子で居られているかな」

多くの親族をナチスに殺されたガーションさん。生徒たちと、学校近くのある場所に向かっていました。ガーションさんの祖母のつまずきの石が埋められている場所です。祖母も強制収容所に連行され、殺害されました。ガーションさんは、身をかがめてつまずきの石を磨きます。
ガーションさん:
「おばあちゃんにとって私はいい子で居られているかなと思いながら磨いたよ」
■ガーションさんから次世代へのメッセージ「歴史の傍観者にならないでください」

過去の過ちと向き合うなかで、これからを担う世代には何が必要なのでしょうか。ガーションさんには、生徒たちに伝えたい思いがありました。その思いを、生徒たちへの授業の場で語りました。
ガーションさん:
「皆さんは過去の大人とは関係ありません。ホロコーストの歴史を軽んじる人がいる中で、それに声をあげる新しい世代として期待しているから私はここに来ているんです。皆さんが過去の歴史から学び、正しい行動をする強さを持つことを願っています。口を閉ざさないでください。“傍観者”にならないでください」
歴史の傍観者になってはいけない。ガーションさんからのメッセージでした。
■“加害の歴史”と向き合う生徒たち その決意とは

ガーションさんから思いを託された生徒たちは、歴史と向き合う決意を語りました。
生徒:
「加害の歴史には悲劇的な側面があるけど、罪を自分たちがそのまま背負う必要はないと思っています。ガーションさんは『君たちに罪の責任はない。だけど二度と過ちを起こさないように君たちが活動することに意味があるんだよ』とはげましてくれました」
生徒:
「二度と同じことを起こさない責任は僕たちにあり、そのために歴史と向き合わなければいけない。もし何もせず傍観者になってしまったら、過去の過ちを繰り返すことになってしまう。だから僕たちは声を上げ続けなければいけないんだ」
過ちを繰り返さないために学ぶ“加害の歴史”。当時の記憶が薄れていく中で、改めてその意味が問われています。