
藤井七冠「チェスクロック」の攻略なるか ストップウォッチより「1時間弱」短いか 叡王戦を振り返る

藤井聡太七冠がタイトルを奪われた叡王戦の対局後、時間管理の難しさについて語りました。「終盤の精度が低かったことが結果にもつながってしまったかな、と。特にチェスクロックの時の時間の使い方は以前から課題ではあった」。将棋界に大きなインパクトを与えた、藤井七冠の初めての失冠。今回はそんな叡王戦を振り返り、藤井七冠が課題と語った「チェスクロック」について解説します。
チェスクロック方式とは?

将棋には「ストップウォッチ方式」と「チェスクロック方式」の2つの計測方法があります。チェスクロック方式とは、消費時間が秒単位で計測される方式のこと。例えば、一手指すのに8秒かかった場合、そのまま計測が停止され、次の自分の手番で再開されます。一方、ストップウォッチ方式では計測は分単位で行われ、秒単位は切り捨てられます。つまり、59秒かかっても0分として記録されます。
叡王戦での藤井七冠の戦い

2024年の叡王戦は、藤井七冠が八冠すべてを保持して迎えた重要な対局でした。挑戦者は同い年の伊藤匠七段。藤井七冠はそれまでタイトル戦で22戦全勝を誇っていましたが、叡王戦では第1局を先取したものの、第2局と第3局で連敗。第4局で勝利し防衛の望みをつなげました。しかし、最終第5局で敗北を喫したのです。「負けました」と無念の藤井七冠。そこで課題と話したのが「チェスクロックの時の時間の使い方」です。
将棋AIによる叡王戦第5局の解析

そんな叡王戦第5局を谷合廣紀四段が将棋AIで解析しました。盤面や棋譜、AIが推奨する指し手などが表示されます。

局面ごとに期待される勝率を示すグラフでは、互角の形勢が長く続きましたが、中盤で藤井七冠がリードを奪い、その後の決め手に苦しんだ様子がうかがえます。「終盤で藤井さんが先に間違え、そのミスを伊藤さんが的確にとがめられて、そのまま形勢を勝ちまでもっていった将棋でした」と谷合さんは話します。
戦局を大きく左右するチェスクロック方式

さらに杉本昌隆八段は「チェスクロック方式の時間管理が、戦局に大きな影響を与える。ストップウォッチ形式と比べると(チェスクロック形式は)1時間弱くらいは短い印象」と解説。ストップウォッチ方式では、59秒で指し続ければ残り時間が減らないため、重要な局面ですべての時間を投入することが可能です。しかし、チェスクロック方式では、どれだけ早く指しても秒単位で時間が減少します。叡王戦第5局では、113手目で藤井七冠が1分将棋に突入した時点から、期待勝率が徐々に下がり始めました。
杉本八段が語る敗北の要因

藤井七冠は終盤で「6四桂」という攻めの手を選びましたが、これが敗着となりました。「この手は詰ます能力が高い人が選ぶ手であり、藤井七冠は終盤に自信があるからこそ選択しました」と杉本八段。さらにこう続けます。
「勝っても負けても、自分の力で勝負を決めに行ったのがこの桂打ちだった。1手1分の秒読みだから、1分将棋で6四桂を選ばせたけれど、残り3分だったら、桂打ちでは詰まないことが数分で分かったでしょうから、違う手を選んでいた可能性は十分にあります」

チェスクロック方式の設定が影響し、残り時間が少ない中での判断が難しかったとも述べた杉本八段。将棋の8大タイトルの中でチェスクロック方式を採用しているのは叡王戦と王座戦のみ。この経験は藤井七冠にとって今後の対局に向けた重要な教訓となるでしょう。

では、18日の時間の使い方はどうだったのか。
安井記者:
「両者ともに、時間の使い方は非常に特徴的でした。将棋は100手から150手ほどで終わることが多いのですが、開始からたったの30分で76手も進みました。ただ、永瀬九段の準備の一手に藤井七冠が時間を使い、持ち時間に約2時間の差がついた場面もありました。しかし、藤井七冠の銀を相手に指す一手に、永瀬九段も長考し、1時間14分を消費しました」
夕食休憩に入った時点で、藤井七冠が残り1時間24分、永瀬九段は残り1時間28分です。現在局面は終盤ですが、少ない残り時間で正確な読みが求められる戦いが続きそうです。