「医師の被ばく」問題解決に光 新技術“脱X線”を目指す1人の研究者に密着「私の人生のミッション」

1人の研究者が手がけたシステム。医師の負担軽減につながる画期的なものなのです。
キーワードは「脱X線」。その技術の最前線を取材しました。
今の医療に欠かすことができない、X線。手術をする医師も放射線を被ばく。健康に影響が出る恐れも。
そんな中――
「X線に代わるものなどないと、先生たちは思っていたと思う」
開発されたのは、X線を使わずに透視ができるシステム。
「脱X線」に挑む1人の研究者をカメラが追いました。
「こんな地味な作業をいつもしている。絶対に必要なので」(ファインバイオメディカル 社長 池田誠一さん)
岡山市の医療機器メーカー「ファインバイオメディカル」の社長、池田誠一さん(47)。
名古屋大学大学院にいた時に会社を立ち上げ、医師たちのニーズを聞きながら、医師のサポートをする技術を開発してきました。
新たな発明「脱X線透視観察システム」

その一つが、透明な血管の模型「EVE」。
感触は、実際の血管とほぼ同じで、日本人の死因上位の「がん」や「心疾患」など、様々な病気を治療する「カテーテル手術」の訓練などに使われています。
「毎日夜なべして、もう体力勝負」(池田さん)
池田さんは去年、新たな発明をしました。それが「脱X線透視観察システム」です。
「肉眼では絶対に見えなかった、カテーテルがここです」(池田さん)
左が放射線、右がこの技術で透視したカテーテルの画像です。
不透明なチューブの中を通るワイヤがくっきりと透けて見えます。繊細な血管の中で、いつ金属のワイヤが出てくるか、しっかりと確認することができます。
「X線」を使わずに血管の中が確認できる

これまで血管に入れたカテーテルは、X線を使わないと透視できませんでしたが、このシステムでは、X線を使わなくても確認できるのです。
なぜでしょうか――?
「ここに光の発生源があり、ここから入った光が血管モデルに入っていく」(池田さん)
光とは、人の目に見えない「近赤外線」。
光源から出た近赤外線を上部の特殊なカメラで読み取ることで、間にある血管模型に挿入されたカテーテルを透視することができるのです。
池田さんはこの技術の用途を手術の訓練やカテーテルの開発などに絞りました。
背景には、長年抱える「医師の被ばく」の問題がありました。
「あまり被ばくすると、白内障のリスクがあがってしまう」

名古屋市の名古屋大学医学部附属病院。
脳神経外科の泉孝嗣医師。池田さんの技術開発にアドバイスをしてきました。
「あまり被ばくすると、白内障のリスクがあがってしまうので、それを防ぐためのメガネです」(脳神経外科 泉孝嗣 医師)
放射線から身を守るため、手術の際には重い防護装備が欠かせません。
「放射線を使わないと、体の中をきれいに透かして見ることができない。なるべく放射線を浴びたくないものです」(泉医師)
さらに、カテーテル手術は、その操作を誤ると、大きな医療事故につながりかねません。
スキルを上げるため、放射線を浴びながら訓練や試験を重ねることも。
「学会の先生からX線は、もう使うのをやめたいと」(池田さん)
医師の安全を守るため、池田さんは研究を続け、開発は、量産化手前の段階まで進みました。
「感謝しかない」池田さんを影で支えた父親

実はこのパーツ。多くは池田さんの手作りです。
影で支えたのは、父親の守孝さんでした。
守孝さんは、大学時代に自動車のシステムを学んだ経験を活かして、池田さんがパーツを思い通りに作れるよう、プログラムを制作しサポートをしてきました。
「全部自動計算できるようにした方がいいんじゃないかと。このような形で、父の名前でプログラムを作った」(池田さん)
しかし、守孝さんは2024年、システムの完成を見届けることなく、がんで他界しました。
父親との思い出を語る、池田さんでしたが――
「感謝しかないですね。父は小さい頃から僕にはずっと厳しかったんです。そんな父が亡くなる2カ月ほど前に『すごいな』と初めて褒めてくれて、それから何かが変わったような気がするんです」(池田さん)
医師「X線装置の見え方と全く遜色ない」

父親の言葉を心の支えに、目指した「脱X線」という新しい世界。
9月、その使いごこちを池田さんをサポートしてくれた医師に確かめてもらいました。
「X線装置の見え方と全く遜色ない。血管の弾力というか、カテーテルを入れた時の感触も人体のそれと差は感じないです」(泉医師)
池田さんが大学院生の頃から、ともに研究をしてきた根来眞医師は――。
「脱X線のシステムは、世界で初めてだと思います。こういうことを考えた方はそういないですね」(脳神経外科 根来眞 医師)
「私の人生のミッション」

10月末、池田さんの会社を訪ねました。
「中には特殊なフィルターが何枚も入っています」(池田さん)
カメラに取り付けるフィルターを改良し、より鮮明に透視できるようになりました。
現在は「試作品」の段階。量産化を視野に、パーツの小型化などを進めています。
当面の目標は、この「脱X線」のシステムで体のあらゆる部分でのカテーテル手術の訓練やカテーテルの開発をできるようにすることです。
「せっかくご縁をいただいた、この観察システムの事業をしっかり立ち上げること。それがここから数年間のあるいは私の人生のミッション」(池田さん)
新しい技術を、世界中の病院や医療メーカーに届けたい。
医師の被ばくを減らすため、池田さんは研究を続けます。





