
逆境からの新機軸 ハンコの巻き返し グラデ鮮やかな朱肉や”消えるスタンプ” シヤチハタ

コロナ禍で“脱ハンコ”への動きが加速してから約5年。ハンコ業界は苦境に立たされる中、技術をフルに使い、新たな分野へ打って出ています。常識を覆すアイデアとは―。

「朱肉」の蓋を開けると――
Q.朱色だけではなく、青とオレンジですか?
「はい、いろいろな色を入れていて」
朱色に加え、黄色、ピンク、青が複雑に入り混じっています。押してみると、鮮やかなグラデーションが。
「朱肉の盤面にどう押すか、自分がどこに定めてインクをつけたいかで、1度きりの印影になるので、それを楽しめる方に喜んでもらっています」(シヤチハタ 広報 向井博文さん)
複数の色を織り交ぜた、この朱肉。
5年前に発売して以来、シリーズ累計4万個以上を売り上げるヒット商品(『わたしのいろ』2200円)です。
「印影が朱色でなければいけないというルールはないようなので、お客様によっては、書類に仕事で使っていただいています」(向井さん)
斬新な商品を開発した背景は2020年から本格化した、”脱ハンコ”

作っているのは、名古屋市西区にある「シヤチハタ」。
斬新な商品を開発した背景にあったのが―
「今、ハンコは最大4つまでにしろと言っていますが、新型コロナの状況で、果たしてハンコが必要なのか。電子で稟議やれるような仕組みもありますから」(河野太郎 防衛大臣=2020年当時)
2020年から本格化した、”脱ハンコ”。
約1万5000ある行政手続きのほとんどで押印が廃止されました。
当時、コロナ禍も重なり、シヤチハタでは、ハンコの売り上げが約1割減りました。
「ハンコ自体に愛着があったので、寂しかったです。正直言いますと…」(向井さん)
全日本印章業協会によると、協会所属のハンコ職人は、4000人を超えていた35年前に比べ、去年はわずか700人ほど。2割以下に激減しています。
常識を打ち破るアイディア商品

「ばい菌のキャラクターですね」(記者)
そんな中で生まれたのが、常識を打ち破るアイデア商品の数々です。
2016年に大学との連携の一環で、学生のアイデアから誕生した商品。
手のひらにスタンプされたキャラクターが、石鹸を使って30秒洗うと消える“手洗い練習スタンプ”です。
これがコロナ禍で、子どもだけでなく大人にも大ヒット。販売本数は約40倍に急増したのです。
「ハンコは印影をきれいに残すことが重要という頭があったが、学生さんのアイデアで『消すことに価値がある』というインパクトで商品化を進めました」(向井さん)
ハンコとは遠い存在のものも

そして、ハンコとは遠い存在のものまで。
「ルアーの色を簡単にカラーリングできるペンです」(シヤチハタ 新規事業開発部 柴田蓮也さん)
魚釣りで使われる「ルアー」。魚の種類によって、食いつく色が違うといいます。
「私、学生の時に釣りをしていたが、ルアーフィッシングは非常に多くのカラー
のルアーを用意しなければならず、学生時代の財力ではたくさんの色をそろえるのは難しかったです」(柴田さん)
そこで、入社後思いついたのが、ルアーを自由にペイントできるマーカーでした。
新入社員だった柴田さんは、釣り好きの先輩に相談し開発に着手。
会社が長年培った独自のインク技術をいかし、紫外線で発光する特別なインキなどを調合。
これが魚を引き寄せるといいます。10万本以上を出荷する大ヒットとなっています。
「脱ハンコは少しショックだったが、当社の技術、知見がいろいろなことに役立つ。20代、30代のメンバーとベテランの社員が一緒になって、アイデアを対等な立場で考えて進めているのが一番大きいと思っています」(向井さん)