全焼から復活へ 江戸時代から続く老舗「水谷酒造」で新酒が完成 同業者が復帰支援

愛知県愛西市で、江戸時代から続く酒蔵が去年5月に全焼しました。あれから1年。再出発した酒造りで6月、新酒が完成しました。復活の裏には、この酒蔵を愛する人たちの絆がありました。
「一筋縄でなかなかうまく作れなかったんですけど、関谷醸造のみなさんの支えがあって、しっかりと形にはなったかな」(水谷酒造 後藤実和さん・27歳)
愛西市の鷹場町にある水谷酒造。
江戸時代末期から5代続いている、老舗の酒蔵です。
去年5月、日本酒を製造する過程で出火し、木造平屋建ての酒蔵が炎に包まれました。
火事によるケガ人はいませんでしたが、酒蔵はほぼ全焼。
貯蔵していた酒も全て失い、酒造りはできなくなくなってしまいました。
当時、酒蔵にいた社長の水谷政夫さんも成す術がありませんでした。
「気持ちは、明確に言えるような状態ではないですよね。長年続いていた家が燃えてしまう、蔵が燃えてしまう。何か悪い夢でも見てるような感じですよね」(水谷酒造 代表取締役 水谷政夫さん・61歳)
廃業が頭をよぎった矢先…

蔵が燃えてしまったあと、再建をすぐには決意できなかった水谷さん。
廃業も頭をよぎった矢先、声をかけてきた人たちがいました。
同業他社でもある、愛知県内の酒造組合の仲間たちです。
「同業でもあるにも関わらず、待っているお客様がいるんだったら、うちの蔵で全く同じもの(酒)ができないにしても、酒造ってもいいよって声をかけてくれた酒蔵が何軒もあった」(水谷さん)
「困ったときはお互い様」

日本酒の「蓬莱泉(ほうらいせん)」で知られる愛知県・設楽町の関谷醸造。
火災の後、すぐに水谷酒造の支援を行うことを決めました。
「水谷さんのところが困っているから、関谷醸造の売り上げが増えるとか、そういうこともないですし、逆に困ったときはお互い様だな」(関谷醸造 代表取締役 関谷健さん)
応援の声は、同業他社の酒蔵だけにとどまりませんでした。
江戸時代から続く老舗の酒蔵には、多くのファンがいました。
「従来の『千瓢(せんぴょう)』ファンと『千実(ちさね)』ファン、この方々のお声がけですね。『あの酒をもう1回飲みたい』という声ももらった。その辺を踏まえて、今後ちょっと頑張っていかなきゃと思った」(水谷さん)
日本酒造りへの思いは揺らがず

水谷さんが酒造りを再開した理由は、それだけではありません。
二人三脚で酒造りをやってきた杜氏見習い、後藤実和さんの存在です。
「後藤さんも水谷酒造に入って、まだ何年もいるわけではないので、どうするのかなと思ったら『再建するなら私も手伝いたい』って言った」(水谷さん)
大学卒業後の5年前から、水谷酒造で杜氏を目指して修行を続けています。
「『日本酒研究会』っていうサークルが大学にありまして。いろんな酒蔵さんでいろんな話を聞くうちに、すごく面白い世界だなと。だんだんだんだんと引き込まれていった」(後藤さん)
火災からの再出発ですが、日本酒造りへの思いは揺らぎません。
「ここでまたお酒造りをできる機会があるなら、しっかりと造りつないでいく」(後藤さん)
従来の日本酒が、さらなる変化を遂げる

関谷醸造との2カ月に及ぶ共同醸造で、今年新しいお酒が完成しました。
6月から販売を始める「千実月白(ちさねつきしろ)」。
「千実」は後藤さんの名前の「実和」と、水谷酒造の日本酒「千瓢」からつけました。
「一筋縄ではなかなかうまく作れなかったんですけど、関谷醸造のみなさんの支えがあって、しっかりと形にはなったかな」(後藤さん)
共同醸造を通して、他の杜氏からもアドバイスをもらい、新たな発見がたくさんあったと言います。
水谷酒造の酒蔵で作っていた従来の日本酒が、さらなる変化を遂げました。
「関谷醸造さんだったからこそできた1本だ思いますし、すごくきれいに飲みやすくできたお酒だと私も感じています」(後藤さん)
水谷酒造のお酒は様々な料理と相性が良い

千実と千瓢を取り扱う、名古屋市内の居酒屋。
水谷酒造のお酒は、だし料理など様々な料理と相性が良いと、店主の小澤さんは以前から愛用しています。
「飲んだ時に、すごく光るものがある。すごくもっと深掘りしたい、そういう味を見つけることができて、直接蔵にお邪魔して、社長にも話を聞いて(水谷酒造の酒を)扱うに至ったっていう感じですね」(店主 小澤篤史さん)
実際に水谷酒造の日本酒「千実」を飲んだお客さんは――
「ガッとくる感じじゃなくて、ずっと普段使いでよく飲みたいお酒かな」(客)
挑戦は続く

180年の歴史を刻む創業の地。
水谷さんは現在、酒蔵の再建計画を進めています。
伝統を守りつつも進化を続けるのがお酒だと考える、水谷酒造の挑戦は続きます。
「本当にみなさんのおかげでできた1本。私だけだと見えなかったような、いろんな考え方も学ばせてもらって作った1本」(後藤さん)
「次世代の方に日本酒をつないでいきたい。おいしいお酒を届けていただきたい」(水谷さん)