
「迷わず履ける靴下」開発のきっかけは認知症患者の“外出控え” 裏表ないインクルーシブデザインの視点

認知症になり、今までできていたことが「苦手」になった人たちがいます。認知症患者が抱える困りごとを解決しようと、インクルーシブデザインの視点で誕生した“靴下”がありました。

インクルーシブデザインとは、高齢者や障害者、外国人など、今まで製品やサービスから除外されてきたり、利用しづらかったりした人たちを、デザインする段階から巻き込んでいく手法のことです。
愛知県名古屋市にある服飾雑貨を製造・販売する「大醐」では、インクルーシブデザインの視点で障害者や子ども、大人、誰もが生きやすい社会を目指すブランド「Unicks」を2022年に立ち上げました。
「大醐」代表の後藤裕一さんが、認知症当事者との関わりを持ったことがブランド誕生のきっかけだと言います。
「縁があって名古屋市北区の『認知症フレンドリーコミュニティ』に参加することになり、そこで関わっていく中で、世の中には介護者さんが使いやすい(着せやすい・履かせやすいなどの)ものはありますが、認知症当事者さんを主体として考えたものが少ないことに気づきました。もっと『認知症当事者さん本人が使いやすいもの』が必要だと感じたんです」(大醐 代表取締役 後藤裕一さん)
きっかけは認知症当事者の“困りごと”

認知症当事者のために何でもやってあげるのではなく、当事者が「自分でできる」ことを少しだけサポートしたいと考えた後藤さん。
「きっかけは『靴下が履けないから外出を控えてしまう』と話してくれた当事者さんの言葉でした。私たちはふだん靴下や下着を取り扱うメーカーなので、その言葉に大きく心を揺さぶられ、靴下の試作に取り掛かりました」(後藤さん)
“認知症当事者が履きやすい工夫”を考え、認知症フレンドリーコミュニティの人たちと共同開発で始まった靴下づくり。製作するうえで課題もあったと言います。
「認知症当事者さんは、実は靴下を履くために色々な苦労があります。『遠近法がうまくつかめず、靴下の履き口がわからない』『かかとの位置が合わせられずズレてしまう』など、空間の認知・色覚の認知が弱くなることで靴下がうまく履けない問題があります」(後藤さん)
その問題に対応するため、靴下の伸縮性などについて何回も試作し、2年かけて完成したのが「Unicks 迷わず履ける靴下」でした。
「靴下の伸縮性については何回も試作しました。柄を入れるとかわいいけど伸びが悪くなる。この裏糸では伸びが悪い、この機械では幅が小さすぎるなど。工場には苦労させたと思いますが、おかげで良い靴下ができました」(後藤さん)
「誰でも履きやすい靴下」が誕生

「Unicks 迷わず履ける靴下」は、認知症当事者のために考えられた工夫が複数あります。
「靴下の履き口の色を切り替えた“バイカラーのデザイン”で、履き口が見つけやすいような工夫をしたり、履く時に力が弱い人でも引っ張って履けるよう、やわらかく伸縮する生地に仕立てたりました。かかとをなくしたので、裏表がなく気にせず履くことができます」(後藤さん)
また最近では1年中「Unicks」の靴下を履いてもらえるよう、薄手で余分な汗を素早く吸収し外に逃がす夏用の靴下や、底冷えを防いで足元を暖かく保つ冬用の靴下など、様々な素材で製作した靴下の販売を開始しました。
“認知症当事者が履きやすい工夫を”と考え作られた靴下ですが、後藤さんは完成した靴下を見て、あることに気づいたと言います。
「(最初は)認知症当事者さんから靴下を履く時の困りごとを聞いて、どうにか問題を解消するために一生懸命考えて作ったものでしたが、『これは認知症である・ないに関係なく、若者もお年寄りも、誰もが履きやすい靴下だ』と気づいたんです。素敵なことですよね、障害や年齢の垣根を越えて皆に愛される靴下なんて」(後藤さん)
実際に靴下を履いた人の反応は

実際に靴下を履いた人からは、「履き口がわかりやすい」「かかとがないのが便利」「優しく足を包んでくれている」などの反応が寄せられているそう。
「認知症当事者さんだけでなく『お兄ちゃんが自閉症で、かかとのことがよく分からないようでいつも靴下が履きにくそうでした。これは(履きやすくて)いいですね』といった声もあり、自閉症やダウン症の方が身内にいる人たちにも反響をいただきました」(後藤さん)
しかし、製品の使用感の良し悪しは人それぞれ。「ゆったりしているからもっと締め付けてほしい」「このくらいのゆるさが気持ちいい」など、意見にはバラつきがあったと言います。
「履いた人の感じ方によって(靴下の履き心地は)違うので、製品の仕様を分けることも今後は検討しなくてはいけません」(後藤さん)
すべての人が心地よく使える製品を届けたい

今後は“下着”の製作に挑戦していきたいと語る後藤さん。インクルーシブデザインを通して、ものづくりをする上で「誰のためにつくるのか」「本当に必要とされているか」を深く考えるきっかけをくれたと語ります。
「認知症当事者さんの“困りごと”に耳を傾けるところからスタートした開発でしたが、靴下が完成してみると誰にとっても履きやすく、デザイン性も高いものになっていました。この経験を通して『誰か1人のためにつくること』が、『みんなのためになる』ことに繋がると気づきました。それがまさに、インクルーシブデザインの本質だと感じています」(後藤さん)
今回の経験を得て、インクルーシブデザインは「社会全体を優しくするアプローチ」であると後藤さんは言います。
「インクルーシブデザインというと、特別なことのように聞こえるかもしれません。ですが実際は、とてもシンプルです。『誰か一人』つまり『個』を出発点にすること。それは、使う人を尊重する姿勢であり、社会全体を優しくするアプローチだと思っています。Unicksではこれからも、『誰かの小さな声』に寄り添いながら、年齢・性別・障害の有無を問わず、すべての人が心地よく使える製品を届けていきたいと考えています」(後藤さん)
(メ~テレ 飯田莉穂)