8分で2000人以上犠牲の熱田空襲から80年“記憶”どう語り継ぐ 戦後生まれの伝承者、世代交代は

「戦争を知らない世代」から、さらに先の世代へ。“伝承者”の世代交代は、大きな課題のひとつです。
“8分間で2000人”。名古屋市で最大の犠牲者を出したあの空襲があった日から、9日でちょうど80年。
1945年の6月9日。狙われたのは、軍需産業の中心地のひとつだった名古屋市。
この空襲で特に甚大な被害を受けたのは、戦闘機などの製造を担っていた熱田区の「愛知時計電機」の工場でした。
アメリカ軍による爆撃は、わずか8分ほどだったといいます。
その短い間に、工場に動員されていた学徒150人以上を含む、2000人以上が犠牲となりました。
熱田空襲で亡くなった人々を悼むための地蔵

愛知時計電機の本社前には、亡くなった人々を悼むため、1958年に建てられた地蔵があります。
「このお地蔵さんは僕の11歳下。僕は妹だと思っている」(熱田空襲遺跡を守る有志の会 林信敏 会長)
「熱田空襲遺跡を守る有志の会」の会長を務める、林信敏さん。
「ここは私の散歩コース。自宅の近所だから。『平和のお地蔵さん』の脇に突然、去年7月初旬ごろに撤去するという看板が出た。散歩のときに見つけて、いやこれはどうかと思った」(林会長)
愛知時計電機は、地蔵の老朽化や、耐震対策が不十分であることなどを理由に、去年7月に撤去する方針を示していました。
「地蔵」の保存を要望

78歳の林さん。産まれた時には、戦争は終わっていましたが、母親から「熱田空襲」の凄惨さを聞き、育ってきました。
「私自身は直接戦争も、空襲も体験していないが、地蔵をなんとしても守りたいという気持ちが強くなったし、そのことを若い世代に伝えていきたい」(林会長)
地蔵の建立に関わったとされる団体は、高齢化によって活動ができなくなっていました。
林さんたちは、自ら団体を立ち上げ、この「地蔵」の保存に向けて市や、愛知時計電機などに要望を続けてきました。
その運動の甲斐もあって、安全対策がとられた上で、地蔵は引き続き残されることに。現在も、平和になった町を見守り続けています。
団体の最年少は60代

戦争体験者に代わり、「戦後生まれ」として熱田空襲を今に伝える活動を続けてきた林さん。
「やっぱり“伝承”。伝えていかないと、戦争の恐ろしさはよみがえってこない。6月7日の空襲展をやって、少しでもよみがえれば」(林会長)
“80年”の節目の年に、展示会を開くことにしましたが――
Q.会の中で一番若い人は
「60歳」
展覧会を企画する「有志の会」。メンバーに「若い世代」はいません。
「高校生それから大学生、勤労青年も含めて働きかけをしたい」(林会長)
1人でも多くの若い人に熱田空襲を知ってもらいたい

展示会を前に、若い世代の参加を促そうと、近くの高校を訪ね歩きます。
「ぜひ先生方や同窓会、在校のみなさんに熱田空襲を思い起こしてほしい、知ってほしい」(林会長)
この日、訪れたのは熱田高校。空襲の被害にあった愛知時計電機の工場の跡地に建てられています。
「生徒に示したら興味がある子もいるかもしれない。まずは知ってもらうことが大事だと思うので、少しでも広がればいいかなと思います」(県立熱田高校 板垣光保 校長)
空襲当時、愛知時計電機の工場へ学徒動員されていた生徒が多くいたという中京高校へも。
「私のような戦後生まれの人間、空襲体験のない世代が、さらに戦争体験のない世代に語り伝えていく時代になって、生徒にも見てもらって、平和の大切さを知ってもらいたい」(林会長)
1人でも多くの若い人に熱田空襲を知ってもらいたいという願いを込め、チラシ配りなども行ってきました。
「戦争の記憶がなくなれば、新たな戦争が近づいてくる」

そして、6月7日に開かれた、展示会。
空襲にまつわる資料や本の展示を見たり、空襲の背景が語られる講演を聞いたりしようと多くの人が集まりました。
「戦争の遺跡がなくなれば、戦争の記憶も薄れ、なくなるのではないか。戦争の記憶がなくなれば、新たな戦争が近づいてくるのではないか」(林さん)
平和への思いを語る林さん。
ただ、会場にいた若い世代は2人だけ。話を聞くと――
「おばあちゃんが空襲展をやっているから一緒に見に来ないかと言われた」(参加した高校1年生)
Q.活動に参加してみたい
「ちょっと興味はあります」(参加した高校1年生)
一方で、活動に参加することへの不安も――
「自分で何かできるのか心配はあります」(参加した高校1年生)
「悔しい…」若い世代に託す思い

若い世代への参加が少なかったことについて、林さんは――
「悔しいといえば悔しいけれど」(林会長)
Q.若い人に参加してもらうにはどうしたらいいか
「これが回答だというのは僕は見えません。フリーな形で学生と議論できるような場を作りたい」(林さん)
終戦から80年となる8月、再び展示会を企画しているという林さん。
戦争を伝える役割を、どうやって若い世代に引き継いでいくのか?答えはまだ見いだせていません。